いいか? 牧野は完璧あの一年のターゲットになったんだよ。こうなったら諦めるまでオレの傍にいればいいじゃん。おまえいたらオレは告白されなくなるし、おまえも守れるし。一石二鳥だろ。
 それにさ、おまえその辺のうざってぇビクビクしてる奴よりも根性ありそうだし、面白ェしな。今度女紹介してやろうか? どの女もケバいけどなー。


 謹んで御遠慮させていただいたのは、昨日だ。
 おれの好みは清純派の足が綺麗な子なんで。正直男の不良も怖いけど、ケバい女の子はあらゆる意味で怖かった。


 清々しい青空さんこんにちは! 雲の切れ間から零れる日光が気持ちいいなドチクショー! 朝一でやさぐれているおれは正常な性癖を持つ青少年、牧野政哉。夏生まれの16歳高校生だ。
 これまでの問題は以下略で表すとして、どうにもこうにもおれは厄介ごとに対して巻き込まれる体質のようだ。昨日の志岐先輩の言葉を思い出し、憂鬱に溜息を吐き出した。

「幸せ逃げるわよ、オラ、邪魔だからさっさと学校行け」

 凶暴な姉ちゃんに追い払われるようにリビングから出て行く。昨日から、学校に行きたくない気持ちが大きすぎる。
 どちらかといえば、学校に行けば友達に会えるから嬉々として向かっていくタイプなのに、あの先輩が現れたせいでおれの青春真暗だ。
 今日は彼氏が迎えに来るせいか、姉ちゃんはゆっくり化粧をしている。あの姉ちゃんでさえ恋人が出来るのは、やはり顔立ちが関係するのだろうか。我が姉ながら美人の部類に入る顔を思い出し、男が美人でどうするんだよ、と虚しく一人でツッコミを入れた。
 母さんから弁当を受け取り、溜息混じりに玄関ドアを開けば昨日と全く同じ位置に、全く同じ黒髪が見えた。
 ……男で美人、それはつまりこの男の事を言うのだろうか。おれを渦中に巻き込んだ存在――志岐伊織は大きく欠伸を零し、こちらに視線を向けた。

「……先輩、別におれ送り迎えは」
「気にすんな…って、まあ、そういう意味じゃねぇか。しゃあねぇだろ、目ェつけられてるってことは、変なことすりゃ向こうに筒抜けなんだからよ」

 恋人同士。普通に見ていても先輩後輩、友人同士、不良とパシリの、どれかにしか見られないはずなのだが、柚木川に入学してしまえばその視線も変わってしまう。
 男同士の恋人、それがおかしくないのだからすごい学校だ。
 きっと断っても昨日のように学校に御同行コースだろう。諦め、おれは先に歩いて行く先輩の後姿を見た。後姿でさえかっこよくて、威圧感があって、とりあえず恋愛対象にはならないけど、憧れの対象にはなりえる存在だと思った。
 そういや、先輩ってどこに住んでるんだろう。おれの家、学校からは近いけど駅からだと通りを経由するから遠回りになる。ってか、不良だから学校サボらないのだろうか。一応受験生だから気にしているとか?
 数日前までなら気にしなかったし、まさか。と、嘲笑ものだが今なら普通に受け止めてしまいそうなのが怖い。じっと見ていると「なんだよ」と、低音の不機嫌そうな声が耳に入った。少し慣れたが、やはり怖い。
 振り返りおれを見る眼差しを避け、言い訳を考える。流石に今考えていた事をストレートに言うのは憚られた。

「えー…あー……あの、変わった子だったんスか、あの後輩」
「なんっでここであの野郎の話になんだよ」
「いやぁ…せ、先輩ほどの人を困らせる後輩ってどんなのかなー…って」
「………」

 タブー、か? この質問。
 同校の生徒が増えてきた道、先輩はおれに一瞬視線を送って背中を見せた。どうやら言いたくないみたいだ。よほど嫌な事をされたのだろうか。見た目は可愛げあったのに、怖いものだ恋する生き物。

「牧野、おまえマジ気をつけろよ」
「はあ」
「……しゃーねぇなぁ」

 その言葉がどういう意味で告げられたのか、おれはさっぱり分からなかった。



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