欠伸をしながら両手に購買で買ったと思われるパンを持ち、志岐先輩は現れた。
 一瞬だけ屋上の光に眩しそうに目を細めた先輩は、おれの姿と和山先輩を見て「よぉ」と、声をかけてくる。
 だらだらとした歩みで近付いたと思えば、先輩はおれら二人の前に座りこみ、再度欠伸を零す。自然な仕種になんの挨拶も出来なかった。

「なんだ、お前ら二人話してたのか?」
「え、あぁ…まぁ」
「珍しいな。こいつ、食うか寝るかのどっちかだぞ」

 パンをもさもさ食べながら吐き出される、その言葉は本当だと思う。
 志岐先輩が現れた瞬間、和山先輩はさっきよりも意識が揺らいでいる…と、いうかかなり眠そうな顔をしていたからだ。どうやらおれの暇つぶしに付き合ってくれてたみたいだ。たぶん。

 それにしても、今のおれの状況を数日前の自分が見たら驚くか、悲鳴をあげるか、諭すか、またはその全部だ。
 だって簡単に言えば不良、しかも凶暴凶悪強烈な噂のあった二人の不良と普通に話しているのだから。
 やっぱり噂ってあてにならないのか? 少なくとも、志岐先輩に接しているうちに最初の頃よりも怖さはなくなった。いや、怖いけど、無意味に殴るような人ではないと理解した。
 授業出るし、そういえばおれまだ一回も殴られてないし、クリームパン普通に食うし。考えれば普通なのだけど、不良が念頭にあれば変だな。と、思ってしまう。

「ああ、そうだ。…牧野、手ぇ出せ」
「はい?」
「てめぇがこの間オレに投げ捨てたもんだよ」

 そう言い、志岐先輩はおれの手を強引に掴み、小銭を乗せた。この間、その言葉にすぐさま蘇る新しい記憶に慌てる。
 もしかしてこの人、このためだけにおれを呼んだのか? だとしたら、流石におれだって焦る。掌の小銭を突っぱねる形をとっても先輩は無反応だった。
 後輩のオレンジジュースに、おれのコーヒー代。志岐先輩はきっちり揃えて返してきたのだ。カツアゲならまだしも、まさかこの人からお金を受け取るだなんて…。

「あの、返しますよ!」
「なんで」
「だっ…。お、おれだって悪いし、それに、飲んだのおれだし…」
「いーのいーの。本番はこっからだから。牧野受け取ったし」

 言外に「タダで返すと思ったのかよ」と、言われているのは気のせいだろうか。うつらうつらしていた和山先輩が、じっとおれを見た。
 なに、その可哀相なものを見る目は?! じわじわと背中に流れる汗は決して気のせいじゃないな、これ。

「牧野さぁ、朝オレ言ったよな。噂流されてるって」
「まあ…」
「当たってたろ」
「まあ」
「じゃ、第二段階はなんだろうな」

 朝の記憶を手繰り寄せる。いつもなら必死に眠気と戦っているけど、今日は別だったから覚えてる。
 噂流されて、ホモやらバイやらどうのこうので、そんでもって――。

「お、おれ…ほ、掘られ…」
「おー。このままだったら、強姦だな」
「なんっで、そんな楽しそうなんスか?!」

 そこで、気付いた。そうだ、この人は言ってた。おれを彼氏にするって。いつまでだ、それ。期限は最初から決められてなかった。
 背中にあった金網にもたれ掛かる。先輩は最初から後輩が邪魔、おれは今から集中砲火される予定。

「最初から、巻き込む気満々だったんスね…!」
「いいや。牧野面白いからな。それにオレ、普段チャラい奴としか付き合ってねぇから、たまには趣旨変えしねえとな」

 悪魔だ、鬼畜だ、最低だ! かくして、志岐伊織の気まぐれによりおれは本格的にこの騒動に巻き込まれるのだった。

 裕人の通う学校に転校したい…。



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