天変地異の前触れか、あの志岐伊織が通行人Dに手を出した!

「なんて噂が飛び交っているが本当か、牧野君」
「惜しい。正しくは通行人Mだな」
「号外キタ」
「先輩にぶっ殺されるぞお前」

 靴箱で先輩と別れ、一時間目終わったぐらいに屋上に来い。と、命令を頂いたおれは教室で一種のアイドル並の勢いでクラスメイトに迎えられた。普段話さない野郎もおれを囲い、天変地異! 天変地異! と、失礼なコールを漏らす。
 中には不良×平凡って結構あるよね。と、おれには分からない言葉を生み出す猛者もいたが、どちらにせよ失礼だという話だ。
 ホントウのことは言えないし、男と付き合っている噂もいただけないが、天変地異はないだろ、普通。せめて富士山噴火程度で表して欲しいものである。

「志岐先輩って噂どおり怖い? 俺が聞いたのは肩にぶつかっただけで半殺し、目をあわすと目潰し、言葉を発するだけで喉潰されるって聞いたけど」
「どんな猟奇的存在だよ」
「あの人売られた喧嘩は買うし、喧嘩は売るじゃん。まあ、変わってる人だけど」

 情報通と言うものはどこにでも存在する。正しくは、噂好きだが。不良として変わっているというなら、おれは首を縦に振り賛同しよう。
 人垣を避け、席に座れば群れの様についてくる。クラスメイトは日々、おれがいかに女の子を好きか知っているからどう見ても、パシリを見る眼差しでおれを見ている。否定はしない。利用されている点では似たようなものだろうし。
 尤も、志岐先輩は想像よりもずっと人間臭い人だったが。あの人、実際は結構なお人好しだ。言葉は悪いし、態度も悪いからどうにも誤解されそうな人だけど。
 前の席に座っているクラスメイトは「先輩ってどんな人なんだ?」と、興味津々だ。好奇心は身を滅ぼす。言ってやろうかと思ったが、その前にチャイムが鳴って様々な言葉が封じられた。
 ガラッと音が鳴れば担任が前の扉から入ってくる。おれのクラスの担任は時間に正確すぎることで有名だ。チャイムと同時に現れて、チャイムと同時に去っていく。熱心なのか冷めているのか分からない教師だ。
 出席を確認し、担任はHRの話をだらだらと続けていく。体育祭の準備があるから来週までに出場種目と、準備の人数割りをするように話している。そういえば4月も終わりだ。ここ数日で濃密な時間を過ごしたため、そういうものを忘れていた。

「政哉何に出る? 今年も微妙な種目ばっかだけど」
「ってか野郎ばっかりだしな。騎馬戦なんか吐気がするよな、マジで」

 志岐先輩とおれの噂なんか微動だにしていないこのクラスは、そんなものよりも体育祭が大事な様である。その方がおれも助かるし、気楽過ぎるクラスは和む。
 クラス委員が担任に代わり黒板に出場種目を書き出していく。騎馬戦、リレー、綱引き、障害物競走、仮装リレー。むさ苦しい種目の羅列に眉間に皺がよる。この辺、共学が羨ましい。
 適当に大人数が参加する綱引きやら、クラス得点に関係ない種目に出場した方が楽だ。今更体育祭で燃え上がるような人間はこの学校に一年ぐらいしかいないだろう。
 はりきるのだ、学校に入って浅いから。そして気づく、張り切れば張り切るだけむさ苦しいと。去年を思い出し、思わず遠くを見てしまった。

「でもよ、今年の実行委員面白い奴ばっかりらしいぞ」
「知るかよ…。実行委員変わっても種目は変わってないだろ……むさいままだ」
「可愛い系集めればそれなりじゃね?」
「同じ男見てもなぁ…。女子高生のニーハイ見たい。踝とか見たい」
「そこで絶対領域って言わない辺りが政哉変態臭いな」

 うるせぇ。そう言えば、丁度HR終了を告げるチャイムが鳴った。担任の姿はあっという間に消え、とりあえず明日のHRまでに大体決めておけよ。と、クラス委員が面倒そうに言った。
 一時間目は古文。それが終われば数学だ。一時間目終了と同時に向かわなければならない屋上と、先輩が何を話すのか考えおれは鞄から教科書とノートを取り出そうとした。

「あれ……お前、甘いの苦手じゃなかったっけ? 姉ちゃんの悪戯?」
「……あー、まあ。そんなとこ」

 日常の中にひそりと侵入してくる先輩の気配に溜息を吐き出した。
 嫌いではない、でも、好きにもなれない人だ。くしゃくしゃのクリームパンの文字が書かれた袋は、教室のゴミ箱の中に吸い込まれた。



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