志岐先輩は、不良だ。きっと先輩も自分自身でそれは自覚しているし、不良か否か聞かれると「YES」と答えるだろう。
 どうにもこうにもおれは漫画の読みすぎなのだろうか。不良のイメージに偏見があるのか、その判断は難しい。
 先輩はおれの家に、おれを迎えに来て、おれは所謂お礼参りなるものをされるのかと歯を食いしばったのだが、先輩は何もせずに前を歩くだけだ。
 クリームパンを頬張りながら「眠ぃ」と、機嫌悪そうな声は明らかにドスの効いたものだが、持っているものがファンシー過ぎて怖さは少し減る。半減とまではいかないのが切ない。
 本当に学校に向かうだけの先輩に戸惑う。昨日のメールで機嫌はどうにかなるものか? 首を傾げるとクリームパンを丁度食べ終わった先輩はこちらを向いた。

「牧野さ、どうしてオレにメール送ったんだよ」

 直球ストレートど真ん中。おれの疑問を簡単に晴らしてしまうような声音で、志岐先輩は掌でクリームパンが入っていた袋を丸め始めた。
 まさかこの人がそんなことを言うとは思わず、間抜けにも口が開けば「阿保面」と、先輩は笑った。笑っても和む事が出来ないのが、不良の所以なのだろうか。

「……先輩こそ、どうしておれの家に」
「先に質問したのはオレ。答えるのはおまえ」

 袋をくしゃりと丸め、道端に捨てる辺りは完璧に不良だ。先に歩く先輩の後ろでおれはゴミを拾い、鞄の中に押し込んだ。注意はしない。怖いし、無駄だとどこかで思っているからだ。
 先輩は先を歩きながらおれの答えを待っているのか、歩幅は広まることも、縮まることもない。この間のような、短足で悩む時間も与えてくれなかった。

「悪いって、思ったから…ッス」
「なにが」
「先輩に言われた言葉は、正直…あれ、だけど。志岐先輩みたいな人が、平凡なおれに何か頼む自体がその、大変だったかもしれない…と、いいますか、なんと、言いますか」

 裕人の前だったら素直に気持ちを言えるが、流石に本人を前には何も言えない。と、いうか怖い気持ちもあるが、どうにもこの美形を前にすると恐縮してしまう。
 おれの方をじっと見ている志岐先輩に、縮こまって地面と目を合わせているおれは、傍から見たら変な光景なのだろう。もごもごと口を動かしていると、深い嘆息が先輩から聞こえた。
 視線を地面から先輩の明るいブラウンの瞳に向ければ、馬鹿か。と、小さく言葉が聞こえてきた。呆れている顔だ、でも、人を殴るような顔には見えなかった。

「お前ね、利用されてるって理解してるのかよ。オレは気にしねぇけど、たぶん学校でホモ疑惑上がってるかもしれねぇんだぞ」
「うえええええ!? なんで!?」
「あの一年のクソガキが言ってるからだろ。性悪だからな、アイツ。利用できる連中捕まえておまえ犯るとか、ボコるとか考えてるに決まってるだろ」

 だからさ、オレのこと気にしてる余裕なんて牧野にはねぇの。
 そんな風に言い、志岐先輩は一層強く呆れた表情を示した。そ、そこまでの子だったのか、あの後輩。当初にあったドMの印象など塵と化し、思わず身震いが起こる。

「……あれ、先輩ってそれ知ってたんスか?」
「アホか。当たり前だろ」
「(あれ? じゃあ……)」

 この間、ファミレスでおれに最後に言ったこのまま彼氏を続けるという話は、どういう意味で言われたのだろうか。そりゃ、先輩にとったらウザイ男連中の虫除けにおれはもってこいだけど、それでも。


「(今家に迎えに来たのって、どういう意味なんだ?)」


 通学路に、おれと先輩の組み合わせは目立つ。どう見ても不良にパシリだ。志岐先輩の存在のせいで視線は集中攻撃をしてくる。
 でも、視線が集まるだけで手を出す存在はいない。……この人、素行悪いし、目つき悪いし、態度でかいし、言葉遣い悪いし、怖い。が。

 どこか、憎めない部分が見えてくる。

 不機嫌そうに前を歩く先輩の歩幅は相変わらず広がらない、縮まらない。それはたぶん、おれの歩幅に合わせているからだ。うーわー……これは女の子にもてるわ。だって、男のおれでも思わずときめきかけたから。



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