(伊織:sid)


 夕方、部屋に連れ込んでいた女を帰しシャワーを浴びる。週に一回決まった予定を怠惰に過ごしていると、机の上においていた携帯から、メールの着信を知らせるライトが点滅していた。
 一体いつ送られてきたのか、冷蔵庫からウーロン茶を取り出しながら考えたが思い出せなかった。
 髪の毛から水滴がぽたぽた流れているのを気にしながらタオルで拭けば、じんわりと水分がしみこんでくる。むき出しの背中に触れる冷たい水に少しだけ鳥肌を立てながら、携帯に手を伸ばせばメインディスプレイには「牧野政哉」の文字があった。
 しばらく動きが停止してしまったのは仕方がない。その名前の人物に昨日、オレは後々悪かったかもなー。いやでも、あいつ何だかんだ歯向かってね? と、思うようなことをして、されたからだ。

 昨日、オレは前々から…ストーカーの言い方は癪に触るから変える。付きまとわれていた野郎を撃退ってか、追い払うために牧野に協力してもらった。
 和山には協力じゃない。って、言われたけどオレはちゃんとあいつに選択肢を与えたし、あいつだって付きまとわれている現状を知った上でのことだ。協力だろ、世間一般では。
 牧野は協力者としての価値はかなり高かった。付きまとっていた野郎が、世間でいう可愛い系の美少年…らしく。(いや、男の美醜なんてどうでもいいから興味がない)それに比べ、牧野は普通を地で行く存在だった。
 相手に顔で判断していると思われたら厄介だったため、どうしても普通の存在が必要だった。
 牧野はオレとはまた違う純粋な黒髪に、こげ茶色の目。背も低いが、高二だったらまだ身長も伸びるだろから平均程度だ。口調も普通で、オール普通の男だ。まあ、考え方が面白いが。
 携帯のメールボックスを開く。一体どんな文句を送ってきたのやら。それとも謝りの文章か? がしがしと頭をタオルで乱暴に拭きながらメールを開けば簡素な内容がそこにはあった。


『昨日は、すいませんでした』


 ………これだけかよ、おい。もっとあんじゃねぇの?
 普段メールのやり取りをする人間は、女ぐらいだ。和山はメールではなく電話。じっと見ても文面を描いているのはそれだけの文字。こんなに短いメールは新鮮だった。あいつ一体どんな顔で、これを送ったんだよ。
 ソファに腰をかけながらじっと携帯を見る。片手でウーロン茶に手を伸ばしながら考える。
 オレ一応この辺じゃ面倒だけど名の通ったやつで、その力で脅して、無理矢理彼氏にして、そんでもって自分でも酷いやつだなー。って、思うことを言ったんだけど。

「こいつ馬鹿だ」

 関わりたくないならこういうの、送らないほうがいいと思う。これが原因でパシられるとか、呼び出されるとか考えないのか? それとも、送らないほうが怖いとか?
 小銭を投げられた事を思い出し、それはないと判断。勇気があるのやらないのやら、なんにしても面白い奴だ。平凡で、普通。でも、どうやらそれプラスかなりのお人好しの馬鹿だ。

「(……しゃあねぇなー)」

 むにむにと携帯を操作し、考えた文面を送ろうとして――止まる。
 知りたいと思った。どういう気持ちで、あの文面を考えたのか。オレだったら謝るなんて絶対無理だ。牧野がしたことはムカつくけど、オレだって悪いし。ってか、オレが巻き込んだんだし。
 短い文章を一度見直し、気づいても気づかなくても良いと思ったものを送る。気づけばいい、でも、気づかなくてもオレは何も思わない。
 送信メールを見据え、ボタンを押した。

 牧野からの返信は、意外に早いものだった。



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