裕人はいつだっておれの望む言葉をくれるんだ。

 幼稚園の時、
 小学生の時、
 中学生の時、

 同い年か? と、思うほどの気遣いを見せたり、おれが気づかなかったことを教えてくれる。望む言葉の中には、おれを叱ったり、甘やかせたり、色々感情がある。今回の場合は、諭す。なのだろうか。
 尤も、そこまで運ぶのにはおれの意地を越えてもらわなければ困る。今回は、おれだって悪いけど、おれだって被害者だ! 一方的に悪く言われるのはどうにも気分が悪い。

「俺さ、あんまり噂好きじゃないから変なこと言えないけど、確かに志岐先輩は不良だろうけど、政哉の話聞く限りはそんなに悪い人に思えないな」
「でもさ、おれ無理矢理!」
「うん。強引な人だよなぁ。そこは先輩も悪い。……でもさ、いつだって逃げ道は用意されていたんだろ?」

 最初の告白の時も、屋上の話も、ファミレスの話のときも。そりゃ、そうかもしれないけど……怖いんだって、あの人の目。
 間近で見てないから裕人はそういう風に言えるんだよ。同情して、乗っかったおれも確かに悪いよ。後々後悔しているおれは、卑怯者だよ。
 志岐伊織の噂は酷いものばかりだ。肩がぶつかっただけで顔面殴られたとか、暴走族を壊滅させただとか、気に食わない店員を半殺しにしただとか、ありえないものはあえて述べないでおこう。
 裕人が噂じゃなくて、自分の目で見たものを信じなよ。と、言うのも分かる。裕人はどこまでも真直ぐで、かっこよくて、おれの憧れだ。

「……俺さ、先輩はその子にも気を遣ったって思うよ」
「どこにだよ」
「平凡…あー……野郎が好き、なんて理由でフられるよりも、ストレートな方が良いだろ」

 言いよどんだ裕人も気にせず思い出す。でも、あの子は泣いたんだよ。真っ赤な顔で、可愛い顔で、いや、男だけどさ。
 口の中でその文句は消える。好きな人に振られるのなら、どんな形だって泣けるんだろう、たぶん。
 おれは今まで特に人を好きになったことはなくて、中学のときは裕人や、男友達と馬鹿やってるほうが楽しかったから。今だって、彼女は欲しいけどクラスの奴等と馬鹿やってるほうが楽しい。
 先輩の考えは未来永劫おれには理解できないし、正直裕人は先輩を美化しているようにしか思えない。でも、たぶん……昨日の事は謝った方が良いのだろうかとは、思う。先輩も悪いけどおれも悪い。
 小銭投げつけて、罵詈雑言ぶつけて、その後一人残るファミレスの空気を思えば、悪いことしたな。なんて、改めて思った。

 裕人に視線を向ければ、満足そうにへらっと笑う。
 ちくしょう、おれはたぶん裕人が右が正しいと言えばそれに従うし、左が正しいといえばそれに従う。そんな自分が子どもっぽいけど、その度に、笑うこいつを見れば良いか。なんて、思ってしまう。
 こういう部分でおれは甘いって言われるし、巻き込まれるってか、巻き込まれに行っているって裕人に言われるんだと思う。

「それにしても、政哉が泣きそうな声で電話かけてきたからビックリしたけど、先輩のことだったとはなぁ」
「アホか、不良前にしたら誰だって泣きたくなるっつの。しかも悪名高きあの男だ」
「ふぅん。ま、いいや。メールでもいいから謝っとけよな」

 くしゃりと頭を撫でられた。笑った裕人の顔はおれよりも身長が高くて、顔だっていいのに間抜けなものだ。最初は一緒に志岐伊織の文句を言ってもらう予定だったのに、すっかり変わってしまった。
 サ行の部分でアドレスを確認し、志岐伊織の文字を見た。…怖い。はっきり言って、怖い。でも、目の前にいる幼馴染の姿を見ればいくらか勇気が貰えた気がした。



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