和山が作ったチーズケーキはくそ不味かった。焦げてるとか、材料がどうのこうの問題ではなく、それ以前の問題に思えた。
 だから、あいつが上達するまでオレはあの店に通い詰めることになる。
 尤も、和山が高校入学をした事を機に店を引っ越ししたから、それ以降はあまり行かなかったが。

「……先輩って、不良になろうと思ってなったわけじゃないんスね」
「あのなぁ、その不良ってカテゴリは周囲の人間が位置づけるもんだろ。まあ、否定はしねぇけど、自分でオレ不良だっつー奴はいねぇよ」

 喧嘩は相変わらずしたし、放課後、和山と一緒に行動をするようになってから、むしろ喧嘩の回数は増えた。
 それでもあいつはずっと変わらずオレの隣にいたし、あの店の夫婦の態度も変わらなかった。
 オレはただ喧嘩が好きで暴れたかっただけだから、喧嘩はもう売らなかったし、買うだけだった。
 ……まあ、イライラしたらその辺の奴ぶっ飛ばしてたと思うけど。

 相変わらずクラスの人間や教師はオレのことを避けたし、妙な子分気取りの奴も出来たり、喧嘩は売られまくっていた。
 それでも構わないと思えた。
 オレは喧嘩が好きで、暴れてて、髪だって染めてる。普通の奴はそんなオレを見たら怖いと思うし、避けるだろう。
 それを知りながら今の生活を続けているのはオレが悪い。でも、もう抜け出せない。

 だから、オレはオレの表面しか見ない奴は興味がない。
 オレの力を利用しようとするやつなんかどうでもいい、見た目だけでひっついてくる奴もどうでもいい。
 その代わり、オレがどうしようもない馬鹿だって知りながら傍にいる奴は、オレのせいで迷惑をかけないように守ってやろうと思った。

「――政哉は」
「はい?」
「オレがこんなやつだから好きになったか? こんなやつじゃなくても好きになったか?」
「なっ……っ」

 オレはこういう自分があまり好きじゃない。好きじゃないけど続けているのは楽だからだ。
 友達云々言う様な年じゃなくなったし、今は孤独感とか、劣等感は感じない。
 でもやっぱり、ふいに、オレも普通の奴みたいに遊ぶことも出来てたんだと思う。

 不良ってだけで、政哉の事、びびらしてたし。
 こいつに色々迷惑かけてる事も事実だし。

「あの、おれは、」
「ん?」

 ぎゅっと腰に腕を巻きつけ、膝の上に乗せてやれば真っ赤な顔をした政哉が視線をそらす。
 あーくっそ可愛い。首筋まで赤く染めた政哉はちらりと伺うようにこちらを見た。

「……おれは、先輩がどんなのでも好きですよ」
「ふぅん」
「ふ、ふぅんってなんスか!」
「いやぁ、別に。愛されてんなーって思って」
「な、なんで、先輩はそういちいんぅ」

 抑えきれず唇を唇で塞げば、慣れない政哉は目を開けっ放しで至近距離で視線が合う。
 ああ、くそ、可愛いな。

 オレは昔のオレが大嫌いで、政哉に話すことなんてまだ軽い過去しか話せない。
 オレの汚い過去なんか全部こいつに話してしまったら、嫌われるのが怖くて、怖がられるのが怖い。
 それでももう、オレは手放せないから尚更性質が悪いと自分でも思う。

 昔からそうだ。

 オレは誰よりもオレを嫌っているけど、和山や政哉みたいに、オレの傍にいてくれる奴がいる。
 真直ぐ進めないオレを引っ張って、こいつらが傍にいる。

「ンぅ…はっ……んぅ…」
「はっ、まさや……」

 組敷いた先、目を潤ませて手を伸ばす政哉がいる。
 過去になかった存在に唇に笑みが浮かんだ。
 受け止めたくない過去がある、見直したくない過去がある。でも、それを話せる日が来て、それを話したくなる相手がいる。

 『思い出』と、呼べるそれを語る時、オレは漸く道を振り返って過去の自分を顧みる。悩んで、苦しんで、開き直って。
 思い出を語れるようになったオレを過去の自分が見たら驚くだろうけど、きっと、苦笑しながら見るのだろう。

 欲しかったのは友人じゃない、欲しかったのは平穏じゃない、欲しかったのはそんなものじゃない。


『オレが欲しかったのって、ただ、単純に傍にいる奴なのかよ』


 ああ、そうだよ、わりぃか。ばぁか。



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