カラン。 カウベルの音が店に響く。ざあざあと降り続けている雨の音を背にしながら、一歩足を踏み入れたそこは、和山が連れてきた店とは思えない場所だった。 ガラスケースの中に溢れている甘いもの。鼻に届いたのは香り高い豆のにおい。 ケーキやプリン、シュークリームが並び、カウンターには外国の言葉で書かれた、コーヒー豆の瓶やら缶があった。 頭から滴を垂らしながらきょろきょろと店を見渡していると、カウンターの奥から2人の人間が出てきた。 日本人離れした背のすらっとした女と、妙にガタイのいい男。見た目だけなら、美女と野獣のような二人は、にこやかに和山に近づいた。 「那都お帰り……あれ、その子は?」 「なんだー、おまえダチ連れてきたのか?」 「志岐」 「しき?」 一斉に三人の視線が向かってきたオレは、いや、おまえが説明しろよ! と、和山に視線を向けたが、和山は首をかしげるだけだった。 傍から見たら睨みあっている状態のオレと和山に、あら。と、女がオレの方に手を伸ばした。 「きみそのままじゃ風邪ひくわね」 「……いや、大丈夫なんで。和山、オレもう帰るわ」 「甘いの平気?」 「いや、だからな」 「志岐平気そうだな」 「あのな、和山」 「美味いから」 「いや、オレはな」 「志岐」 「……」 「……」 「……」 「……」 「だああああああああああ! 待ってるからタオルでもなんでも持ってこいくそ!!」 嬉しそうな和山は、そのまま女と一緒にキッチンに消えた。 あの女は、たぶん、和山の母親だと思う。日本人離れした容姿だった。和山にもその片鱗は見えた。性格は似てなさそうだが。 だとしたら、その性格は今オレの前にいる奴に和山は似たのだろうか。 オレと和山のやりとりを腹を抱えて笑いをこらえて眺めていた男。 ジロリと睨みつけると、男は腹から腕を離し、にやにやとしたいやな顔をオレに向けてきた。 「はははっ! おまえ、案外人がいいな。那都なんざ無視すりゃいいのによ」 「うるせぇよ」 「照れんなって。俺はあいつの親父の和山環、あっちの別嬪が佐奈だ」 キッチンに視線を向け、和山の父親――環はオレに視線を直した。 目元は、こっちに似てるみたいだ。話してみて数秒で分かったが、和山のあの話し方、あの性格、どっちにも似ていないものだ。 「……親子で店やってんのか、おっさん」 「親子っつーか、夫婦だわな。我が息子ながら、店を継ぐ気なんだが料理がからっきしでな」 苦笑を浮かべたが、その言葉を吐きだした表情はどこかやさしげなものだった。 その顔を見て、理解する。 和山が裏庭でサボってても、見た目が違ってても気にしていないのは、この二人のせいだと。 オレの家は、オレの行動に文句は言わない。たまに怒るけど、基本的に放任主義だ。 構って欲しいわけでも、会話がしたいわけでもない。ごくありふれた家だ。 でも。 「志岐くんごめんね、那都が迷惑かけちゃったみたいね、はいタオル」 「志岐、俺の食ってみて試作品」 「おい、那都。おまえその色黒いけど……なんだ」 「チーズケーキ」 「初めて連れてきた友達にはもっとハードルの低いものを渡しなさい」 頭の上に乗せられたタオルの上に、誰かの手が乗る。 一体いつから、こんな風に接せられなくなったのだろうか。染めた髪が視界に映り、うつむいた先にはびしょぬれの足もとが見える。 喧嘩がすべてだった。喧嘩だけが、生きてる実感を与えてくれた。 オレは変わったつもりなんかないのに、小学生の頃当たり前だった行動が、中学では変化し、背は伸び、力はついて、筋肉もついた。 一体いつからだ。オレはどうしてこうなった。楽しかった喧嘩が辛くなって、でも変わるのが怖くて、その場に留まることしかできなくて。 「――志岐?」 和山の緑の目と視線が合った。 ああ、くそ、オレは、オレはずっと、こうして目が合う誰かが、こんな馬鹿なオレでも怖がらずに接してくれる誰かが欲しくてたまらなかったんだ。 |