和山那都。 その名を耳に入れても誰だか分らなかったが、長身で緑色の目を持っている男と聞けば、この間の男か。と、記憶は蘇った。 「おまえ、和山ってんだな」 「んー、そう」 昨日と同じ場所、同じ時間に足を向ければ目的の人間がそこにいた。 相変わらずの眠たげな眼差し、だるそうな態度。 緑色の目に、長身は日本人離れしているが、そんなものを振り払ってしまうほどの脱力感がこの男にはある。 和山那都。こいつが噂の男か。 名前はよく知らないが、その人間が何をしたか聞けばなんとなくどういう人間か分かった。 1年の頃は話をあまり聞かなかったが、2年になって話を聞くようになった。 おそらく、その日本人離れした長身と独特の雰囲気と相まって、2年になって目をつけられるようになったのだろう。 オレとは少々事情は違ってそうだけど、それでも、噂の内容は似たようなものだった。 たった1人で10人の男を殴り飛ばしたとか、暴走族の頭を潰したとか、ヤクザと関係があるとか。想像力豊かな噂ばかりだ。 もっとも、そんな噂も火のないところに煙は生まれないが。 肥大した噂の内容、でも、完全に否定できる自信があるかどうか、そこまでは聞かないとわからない。 「おまえ、喧嘩好きなのか」 「嫌いでも、好きでも」 「ふぅん。オレは、どっちかと言えば好きなんだよなぁ」 「そんな顔してる」 「……どんな顔だよ」 不良っぽいとか、遊んでるとか、そういう顔なのか? じぃっと、和山に視線を向けると相変わらず何を考えているのかさっぱり分からない表情で、オレを見ていた。 こいつの目は少し、苦手だ。なんというか、感情がない気がする。 基本的に自分の行動のせいで、最近は畏怖とか、嫌悪とか、気色の悪い憧憬とか、そういうものを浴びている。 でも、和山はそういうものを一掃した様な、ただの眺めるという作業でオレを見る。 居たたまれない感覚に睨みつければ、和山は「そういう顔」と、淡々とした声を発し、オレの顔を指差した。 ……やっぱ、こいつ苦手だ。 「お前、志岐だろ」 「(またか)」 「面貸せ」 学校帰り、絡まれることにももう慣れた。喧嘩しかしない中学時代。過去の自分が聞けば笑えないだろう。 暴れるのは好きだけど、程々にしておけよ! なんて、子どもの自分に叱責されると考えただけで泣きそうになる。 不良ってものはなろうとしてなったわけではなく、行動の先の結果に不良というカテゴリが落ちているのだろう。 「最近いい気になって暴れてるらしいな、おまえ」 自分の落ちぶれ具合に情けなさは感じるし、羞恥も覚える。その点、オレはすこしは救いはあるだろう。 が、そういう感情を抱くが、売られた喧嘩を買わずに、しっぽ巻いて逃げるなんて思考もないのだ。 もしも逃げ出すことができる人間だったら、今頃、クラスメイトに囲まれて楽しく青春を謳歌してるかもしれない。……いや、やっぱそれも勘弁かも。 1メートル程度の角材を持ってる男、金属バットを持ってる男、にやにやと二人の後ろで笑っている男。 群れて、数人がかりじゃないと喧嘩を売れない情けない奴ら。 こんなやつらに帰宅を邪魔され、どうしてオレが逃げなきゃならない。 タイマンならまだいい。でも、明らかな武装に、数人がかりで殴りかかる構図。 こういう奴らを見て思う。 ああ、本当。これで一人の男に負けたら、こいつらは恐怖に慄くのだろうか。許してと、懇願するのだろうか。 どろり。感情の醜く腐った部分がオレと、奴らに向かってせせら笑いを浮かべていた。 「この間は世話になったな。でも、あれは俺が」 「不意打ちで、角材持ってても一人じゃ勝てないからって人数連れてきたってか? 情けねぇの。ご高説並べる前に勝ちたくて卑怯な手を使いますって言いきった方がよくね」 顔を真っ赤にし、歯ぎしりをする男を見てどうしてこういう奴らって似たような反応しか浮かべないのか、なんて考える。 オレは喧嘩が好きだ。認める。でも、痛いのは嫌だし、相手をぶっ飛ばして骨を折る、なんてことは好きじゃない。 どっちが強いか、そんな単純なことでよかったのに。 「舐めやがってェェ!!」 角材を持っていた仲間の男が、それを振りかぶりオレに向かって叩きつけるように振り下ろす。 大ぶりの得物を持っているとどうしても振り上げた瞬間に、脇腹のガードはガラ空きになるし、なによりも行動が遅くなる。 容赦せず、生まれた隙につけ入れ脇腹に蹴りを入れたら、角材はオレの隣にガランと音を立てて落ちた。 「ぐっ…ぁ……」 「こんなもん持って、単一でかかってくるなんて馬鹿かよ」 最終的に、喧嘩は威力のある何かが相手の急所に当たれば勝ちだ。 武器なんて大きなものだと特に邪魔になる。 しかもここは人の視線から隠れるように連れてこられた路地裏。こんな場所で角材振り回したら、そのうち壁に当たって衝撃で手が一瞬でも使えなくなることに違いない。 「なぁ」 「……っ」 「売った喧嘩は、最後まで、責任持てよ」 湧き上がる高揚感。相手を叩きのめす充実感。懇願する情けない眼差し、痣だらけの顔。 ああ、すっきりする。 同時に、嫌悪する。 結局オレは、なんだかんだいってこの生活からもう、抜け出せないんだ。 |