喧嘩に勝って、負けて、勝って、負けて、勝って、勝って、勝って、勝って。
 それを繰り返していると噂には尾ひれも背びれもつくことが、オレはこの年齢にして知った。
 やれ暴走族を潰しただの、やれ薬の売人と手を組んでいるだの、やれアッチ系の人間に目をつけられているだの。
 三流小説の読みすぎだろという内容の噂が耳にはよく入り込んできた。
 常識で考えれば中学二年の血気盛んな喧嘩っ早いだけの馬鹿が暴走族を潰せたり、薬の売人と知り合うことなんかできない。アッチ系の人間なんか、オレだって逃げるわ。
 中間テストや期末テストを受けに学校に来る時点で、そんな噂がでたらめだって普通は気付くだろ。

 身に覚えのないそれ。拍車のかかる喧嘩の数。学校帰りはストリートファイトかよ。と、心の中でツッコミを入れる。
 勘違いする馬鹿は弟子になりたいとか、チームを作りたいとか言ってくるし。なんだっつの、馬鹿かっつの、オレはただ自分がどれだけ強いのか、そんな軽い気持ちで喧嘩を始めただけで、そこにはほかに何の感情もないのに。

「――馬鹿は、オレかぁ……」

 面倒なクラスメイトの視線から逃げるように、学校の中庭に逃げる回数が増えた。
 サボリ過ぎだって自分でも理解している。これが根暗な見た目で、がり勉みたいなやつならいじめが原因なんだろうけど、元凶は自分の軽い行動からだ。
 くしゃりと髪を乱す。自己嫌悪、若さゆえの過ちなんて可愛いもんじゃない。軽はずみな行動でこういう風に自分を、自分で追い込んだ。
 喧嘩は好きだ。暴れるとすっきりするし、強いという言葉は褒め言葉だ。
 でも、他にも好きなことはある。男同士の馬鹿な行動、猥談、テレビの話とか、そういう普通のことだって好きだ。

 オレの行動は、暴れたいとか、喧嘩で勝ちたいとか、そんなバカみたいな考えで他のことを捨てたんだ。

 典型的中二だな。暴れて、後悔して、どうにもならないことに憤る。で、他のものに八つ当たり。
 教室の雰囲気は嫌いじゃない、騒がしいクラスメイトも嫌いじゃないのに。向かってくる視線だけが、怯えや恐れや呆れを含んでいて、あれが怖くて仕方なかった。

 あーあ、かっこわりー。
 校舎に頭を預け、自分でもびっくりするぐらい深いため息を吐きだした。

「ふぅあああ……んぁ?」
「……あ?」
「――んぅ?」
「は?」

「……おはよう」

 まるでタイミングを計ったかのように、溜息と同時に欠伸が聞こえた。気の抜ける、間抜けなその音を発した人間はなぜか植え込みから、でてきた。
 いや、もう今は面倒くさいからツッコミはなしだ。ツッコミを入れる場所が多すぎてどうしたらいいのかもわからねぇし。
 土や葉っぱにまみれた欠伸をこぼした男は、呑気な顔をオレに向けた。頭の色は黒、目の色は緑色の男だった。

 は? なに?

 こんなやつ学校に居たっけ? むくりと起き上がるそいつはなかなかにでかい。身長170後半はありそうだ。いや、オレだって伸びるけどな。まだまだ成長期だし。
 そんなことより、目立つ容姿に、目立つ身長のそいつはオレを見ても顔色一つ変えることなく、再度欠伸を吐きだした。

「……おまえ、こんなとこで寝てたのかよ」
「きもちいいから」
「いや、植え込み……いいわ、なんか面倒になった」
「そう」

 なんだこいつ。ぼーっとして……寝起きだからか? それともただの間抜けなのか?
 自分で言っちゃなんだけど、オレの顔は下級生にも同級生にも上級生にも知られている。廊下を歩けば避けられるし、教師だってすげぇ目で見てくるし。
 転校生? が、こんな場所でサボってるはずないのか? それとも、俗に言う不良ってカテゴリに分類されてる奴なのか? ……そうは、見えねぇけど。

「サボリ?」
「んーん……寝たかった」
「サボリじゃねぇか……」
「そうか」
「(疲れる……)」

 がくっと、自然に頭が垂れた。

「おまえも眠いの?」
「っんで、そうなるんだよ……」
「ここ、俺の昼寝スポット」
「残念ながらオレにとってはサボリスポット、だ」
「ふぅん」

 疲れる。なんだこの違う次元で生きている生き物は。オレがおかしいの? オレが変なの? なんなのこいつ。
 どう接したらいいのかわからず、妙な疲れを感じ始める。見た目が変だと思ったけど、それ以上に中身が変だ。こういう奴には関わらない方が無難かもしれない。

「オレ、そろそろ行くわ。あんま寝てたら頭腐るからほどほどにしろよ」
「うん」
「じゃあな」
「おー。またな」

 またって……。おいおい、勘弁してくれ。こいつの中ではまた、オレは会う予定に入ってんのかよ。
 少しだけ振り向いて、そちらを確認する。寝ぼけ眼だった男は、既にスースーと寝息をたてながら舟をこいでいた。



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