(全話志岐視点)

「志岐、先輩……おれ、今日先輩の噂聞いたんスけど」
「ん?」
「幼稚園の頃から女の子ナンパしまくってたって本当ッスいっでえ!」
「馬鹿かおまえ」

 昼飯を食いながら、政哉が馬鹿なことを言ってきた。軽く額にデコピンをすれば、涙目で睨んでくる。可愛い。
 グラウンドからは野太い男達が本気でサッカーをしている。
 昼休みをフルに運動に使う体力はオレにはもう残ってない。こうして、政哉と一緒にいるだけでいい。がつがつと昼飯食ってるせいで口の端に食べカスがついてる。
 あーばか面、あー……可愛い。オレも大概ばかだな。

「あのな、噂の中でも尾ひれついたものを選んでくるな」
「えーと、じゃあ一人で暴走族壊滅は?」
「あほか、んな人間いたら怖いだろ。死ぬっつの」
「……リアリストっすねぇ」
「リアリストってか、暴走族だろ? 一対三十とかだろ? 死ぬって普通」

 じゃあ! と、やけに食いついてくる可愛いばかを目にし、なんなんだと眉をひそめる。

「先輩の昔って、どんなだったんスか!」

 ばか、最初からそう言えばいいものを。
 ぐしゃぐしゃと髪を撫でてやったら照れてるのか、顔を真っ赤にして睨む政哉がそこにいた。
 話す人間も、聞く人間も、あまり気持ちいいものじゃないかもしれないけど。
 まあ、政哉が知りたいって言っているし、オレも政哉に話すのは別にかまわないから、いいだろう。

「――とりあえず、長くなるかな」



* * *



 過去のことを話すうえでおそらく大切になるものは、どうしてオレが不良というカテゴリに入れられ始めたかを知っていた方がいいのだろう。
 思い出すのは血のにおい、拳の感触、人の声、気持ち悪い世界だった。

「はぁっ……はっ……くそ、死ね……っ」

 中学二年、志岐伊織。十四歳。その時の頭の色は金色だった。
 体は発展途上、身長はクラスの中でも真ん中ぐらい。でも、腕っ節だけは学校の中でも群を抜いていた。
 別に、何か理由があって暴れていたわけじゃない。親も仲がいいし、家に帰れば飯は美味いし、勉強は嫌いじゃないし、友達だって結構いた。

 ただ、単純に、腕っ節があったからこそ、どれだけ自分は強いのか知りたかった。

 適当に喧嘩ふっかけて、適当に喧嘩を買って、売って、それを繰り返していたらいつの間にか学校に行かなくなった。いつの間にか柄の悪い連中と付き合うようになった。
 きっかけなんてそんなもん。人間、積み重ねるのは難しいけど、崩すのは簡単なものだった。

「(っのやろう……何がサシで勝負だっつの。五人も連れて来てんじゃねぇか)」

 いってぇ。口の端についた血を拭えば制服の袖についた赤色だとか、泥の色に気分が悪くなる。
 別に喧嘩が好きなわけじゃない。いや、普通の人間よりも好きかも知れないけど、好き好んでしたいとは思っていない。
 勝つのは楽しいし、体を動かすのは面白い。でも、痛いものは痛いし、こうして制服がぼろぼろになるのを見るのは面白くない。

 ずるずると壁に背を預け、べたりと地面に腰を下ろす。

 薄暗い夕焼けの色は、まるで嘲笑っているかのように見えて、すっげぇ中二病だと自分で笑えた。

 そういう時に、出会ったんだ。
 あのばかと。

 喧嘩は微妙に好きで、身長は中の中で、頭はたぶん昔の方がよかった。
 和山那都は、そういうオレと出会った。今と変わりない和山那都と、変わったオレは会ったんだ。



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