土曜日。電車を乗り継ぎおれはある場所に向かっていた。

 休みの日、朝一の電車内には同年代の人間が多い。が、彼らはきっとおれのような気持ちになったことはないのだろう。憂鬱に襲われながらも、これから久々に会う幼馴染のことを考え、よし。と、気合を小さく入れた。
 待ち合わせ駅におり、携帯を手に取る。メールで到着を伝えればすかさず電話がかかってきた。ホームから離れつつ電話を取れば、電話口から懐かしい声が聞こえてきた。

『もしもし、政哉?』
「おー。久しぶり裕人、お前東口だっけ、西口だっけ」
『西口の案内板前』

 藍田裕人は幼馴染の親友。昔は近所に住んでいたのだが、バスケ部のエースとして推薦入学で入学した裕人は男子寮に入寮した。たまに帰ってくるけど、バスケの練習で疲れているせいか、いつもぐったりしていた。二年になったら次期キャプテン候補として、更に家に帰ってくることは減った。
 幼馴染としては鼻が高いが、なんだかどんどん離れていくようですこしだけ淋しいのは裕人には秘密だ。まあ、裕人のことだからおれのそういう部分を知っていて、言わないでくれているだけだと思うのだが。
 西口の案内板辺りを見てみるが、裕人の姿が見えない。人通りの多い場所で、誰が裕人かわからない。大声を上げて呼んでみようとしたけど、流石に自重。ってか、恥ずかしいから無理だ。

「まーっさや!」
「のわぁ!?」

 もう一度電話かけるか? そう思っていると、背後からにゅっと腕が伸びて一瞬にして抱きしめられた。聞こえてきたおれの名前を呼ぶ声に、慌てて振り向けば嬉しそうに笑った裕人がそこにた。
 少しだけうなじに触れた明るい茶色の髪、見据えてくる眼差しはダークブラウン、もしくはこげ茶の色。見た目は軽い感じがする男だけど、この色は生まれつきのものだと知っているし、なによりも纏う雰囲気が爽やか過ぎて軽さは半減している。
 昨日の奴等は美形、男前、美少年。だったら藍田裕人を表す言葉は一体何か。
 爽やかオーラを放つ男を見て、もっとボキャブラリーを増やそうと決意した。まあ、その前に裕人に対し文句を言うのが先だが。
 
「びっくりするだろ!」
「びっくりさせたんだよ」
「てめぇ…!」
「落ち着け落ち着け……なんだ、何かに落ち込んでいるのかと思ったけど、違うみたいだな」

 殴ろうと手を出せば、ひょいと避けるバスケ部エース。ああ、流石反射神経素晴らしいなオイ!
 裕人をにらみつけていたのだけど、伸ばされた腕がいつも通りおれの頭をなで、困ったような顔をするからおれはそこで黙ることしか出来なかった。

「で、昨日の電話の話。聞かせてくれるんだろ?」



× × ×



 そもそも、裕人とこうして会ったのは理由がある。昨日あろうことか不良のドンである志岐伊織に向かってボケ呼ばわりをし、小銭を投げつけたのが原因だったりする。
 あの後、家に帰る途中おれに襲っていたのは純然とした恐怖だった。馬鹿だおれ、最悪だおれ。おい、来週から学校どうするんだよまじで。殺されるんじゃね?
 あ、いや、流石にそこまではしないと思うけど、殺しはしないけど殺してくれって思うようなことはされるんじゃね?

 悶々と頭の中で映画や漫画から仕入れた不良の制裁を思い出し、顔を青くするまで早々時間はかからなかった。今すぐダッシュで志岐伊織に向かって土下座、または腹斬りの姿を見せれば大丈夫じゃないだろうか。
 と、ツッコミ不在の現状で、ただただネガティブなことしか考えられなかった。仕方ない、今まで生きてきた16年の年数で、志岐伊織ほどの不良と関わった事がなかったのだ。対処法なんて見つからなかった。
 寮では少し話しづらいといえば、裕人は近くのファミレスに連れて行ってくれた。こういう部分でこいつは女の子にもてそうだけど、部活一筋のせいか、未だに彼女はいないらしい。嬉しいが、若干心配でもあったりする。

「で、政哉。昨日の話どこからどこまでが嘘なんだ?」
「100パーまじだよ! …志岐伊織のことも、後輩のことも、啖呵切っちまったこともよ!」

 水を飲みながら苦笑いを浮かべている裕人を睨みつければ、裕人は少しだけ困った顔を強くした。おれだって、自分がどんな無茶な相談をしているのか分かっている。
 だからこれは愚痴だ。裕人には毎度悪いと思うけど、吐き出さなきゃやってられない。

「でもさ、志岐先輩話で聞く限りは政哉の事も殴ったことないし、相手の子も殴ってないんじゃないか?」
「そうだけど」
「俺の不良のイメージって、気に食わなかったらすぐ殴るってイメージだからなぁ。確かに言葉は悪いけどさ、やっぱり志岐先輩とはもう少し話した方がいいんじゃないか?」

 驚いた。裕人の言葉はいつだっておれを後押しするものが多いのだけど、どういうわけか今は明らかに志岐伊織の肩を持っている。
 いつだって裕人はおれの味方だったのに、どうしてそんな風に言うのだろうか。じっと見れば、苦笑を深くし「だってさ」と、言葉を続けた。

「その後輩の子がさ、志岐先輩にどんなストーカー行為していたのか俺らは知らないけどさ、その先輩がおまえに頼むぐらいなんだ。よっぽどの子じゃないのか?」
「でも、昨日会った時はさ……」
「あのなぁ、俺はおまえのそういう意味もない信頼は好きだよ。でも、俺は良く知らないけど志岐先輩が頼むほどなんだろ? 先輩も悪いけど、政哉が全く悪くないって話でもないだろ?」

 ぐっと拳を握った。
 裕人に会いに来た理由を、明確に折られた気がした。



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