「お、じゃ、ましま、す」 「おー」 なんだ、この緊張感は。ばっこばっこばっこばっこ鳴っている心臓の音が耳の奥で聞こえてくる。 放課後になるのは早くて、帰り道、先輩と一緒にいて何を話したのかわからない。 覚悟きめてるし、痛いのも、我慢……する、つもりだ。 おれは今恥ずかしいのか? 怖いのか? いやなのか? いろんな感情がごちゃごちゃになって何を考えているのかわからない。 その代わり、志岐先輩はいつも通りだ。いやになるぐらい。 なにこれ、おれ一人だけ恥ずかしいの? そりゃあ、先輩は慣れてるだろうけどおれはこう、えろい空気はあんまり味わったことないからきついんだって。 でも、言い出したのはおれで、先輩は「は?」みたいな空気だったし。 ぐるぐる考えながら、体は普段通りリビングを目指す。習慣って、怖い……。 「政哉」 「へ?」 「後悔すんなよ」 なに、が? 微かに震えた唇は、音を発する前に先輩に噛みつかれた。 目を開いた先には、先輩がいた。ぬるりと湿った感覚が唇にあることに気づけば、肩に提げていたカバンがずり落ちる音がした。 目の前に先輩の顔があって、口の中に舌が、入り込んでくる。 背中には先輩の腕が回っていて、ぐっと引きよせるように力を入れている。 理解して、羞恥から一気に目を閉じればそれを察するように口の中の舌がぐるりと中に進んでくる。 ぎゅっと先輩の制服をつかめば、志岐先輩はほんの少しだけ口を離し「まさや」と、おれの名前を吐き出した。 「――部屋、行くか?」 どういう意味で、そこから先に進むのか。 痛いのか、気持ちいいのか、おれはどうすればいいのか。いっぱい抱えたまま、おれはうなずくことしかできなかった。 夏の夕方は部屋を紅く染めている。 クーラーをガンガンにかけて寒いぐらいなのに、おれの頭の中も、体も、夕暮れの世界に染められたみたいに熱かった。 ベッドの上で、先輩が無言のままワイシャツのボタンを外して座っている。 おれはそんな先輩を見て、がちがちに固まっていることしかできない。 「来ないの?」 「いいい行きます」 「どもりすぎ」 どもる、だろ! だって、おれとあんたは今からその、あれ、を、するんだろ!? 初体験ってもっと、こう、おれは女の子とすると思ってたし、男とするなんてかけらと思ってなかったし! 「――体で払うんだろ?」 「う、ぁ」 「もう、止められねぇからな」 歩み寄ってくる先輩が真正面にいる。息ができない。呼吸ってどうやってしてたんだっけ。おれは、今までどうやって先輩と接してきたんだろう。 掴まれた右手。引き寄せられ、倒されたのはべっどの上。 天井と、そこには、志岐先輩がいる。ワイシャツの隙間から先輩の熱い手が入り込んできて、ひゅっと呼吸が漏れた。 抱かれるのか、おれ。先輩に。 後悔、するのか。しないのか。そんなものはわからない。 でも、先輩にふれられてドキドキする。それが、答えなのかもしれない。 「っ……せんぱ、」 「鳥肌、すげぇな」 ぷつ、ぷつ、ぷつ。焦らすように外されるボタンの音、首のまわりにネクタイが絡みつく。 早く外せばいいのに、微かに口角の上がっている先輩がむかつく。 睨みつけたら、ごまかすように顔を寄せられてべろりと首筋を舐められた。 「しょっぱい」 「……汗臭くないッスか」 「政哉のにおいがする」 「あんた恥ずかしい人だな!」 「そうさせたのは、おまえ」 ぺろんと唇も舐めて、志岐先輩は似つかわしくない笑みを浮かべた。 畜生、なんて、卑怯なんだ。そんな顔されて、そんなこと言われて、何も言えない。 好きだ、ああ、くそ、どうすればいいかわからないほど、あんたが好きなんだ。 こんな決意をしたのも、我慢しながら寝ているのも、全部、あんたが好きだからなんだよ。 「あ、の」 「んー?」 「……い、おり、先輩って、呼んでも、いいスか」 「――おまえね」 「なんすか」 どうなっても、しらねぇぞ。 そう言って、先輩は困ったように笑った。 |