美少年ってこういう男の事を言うのだろう。志岐伊織は美形、和山那都は男前だ。今日一日で目も眩むような人間ばかりを見たせいか、どうにもこうにも、目がチカチカする気がする。

「こいつ、オレの彼氏の牧野政哉」

 ファミレスの一角、人通りの少なく客の少ない場所、トイレの近くの席に陣取ったおれ、ってか、志岐伊織は店員のお姉さんが水を置き数メートル離れた頃を見計らってズバッと物を言った。オブラート! 日本人の大事なもの空気を読むこと!
 美少年――一年の和泉かなではきゅっと口を紡ぎながら、おれを睨み付けて来た。栗色の髪は夕日を浴びて黄金色に輝く。明るい瞳の色に合わさって、肖像画に出てくる天使みたいだ。まじで、大げさではなく。確かにその辺の女の子よりも可愛くて、おれや志岐伊織同様に股間にアレがぶら下がっているとは思えない顔立ちだ。
 そんな子に、思いっきり睨まれるというのは罪悪感に苛まれ、そして、向かってくる眼光が想像以上に鋭くて思わず目を逸らしてしまう。うわぁ、Mじゃないわこいつ。おれを見る目が明らかにその辺のゴミを見る目だ。理由が理由なだけに仕方ないけど。

「……この人といつから付き合っているんですか。どうして今まで僕にそれを言わなかったんですか」

 正論。ご尤も。不思議に思うなって方が無理だ。体を縮こまらせていると、お姉さんがオレンジジュースと、コーヒー二杯を持ってきた。にこやかな営業スマイルの後ろには、野次馬と化しているほかの従業員の姿も見えた。……もう二度とこの店に入るまい。
 志岐伊織は今まで見たこともないような冷ややかな目のまま、机に置かれたコーヒーに手を伸ばしミルクと砂糖を入れる。そんなおれはミルクだけだ。節だった男臭い手がスプーンを回せば黒色が変化する。食器の重なる音が、やけに耳に纏わりついた。

「どうしてテメェに言わなきゃいけねぇんだよ」
「先輩……本当にその人と付き合ってるんですか」
「くどい。しつこい。うざってぇ」

 酷い三連コンボだ。
 顔をあげ、窺うように後輩を見れば悔しそうに体を震わせ、耳まで真っ赤に体を染めながら俯いていた。罪悪感が喉元までせり上がる。なにか、言った方が良いのだろうか。でも、おれが言っても大丈夫なのだろうか。
 考えあぐねいていると、キッと上がった視線がおれに向かって伸ばされた。やっぱ怖い。たとえ涙目であっても、おれより小柄であっても、明らかな敵意は向けられた事がないもので、怖かった。

「志岐先輩は牧野先輩のどこが好きなんですか。僕は、僕じゃ…」
「駄目だな」

 切れ長の視線が下方に向き、横顔はまるで憂いの表情に見えた。視線の先にはコーヒーで、片手で優雅に持った志岐伊織は音を立てずにカップを口に運び、ソーサーの上に再び置いた。
 いくら優美な仕草であっても、志岐伊織の断るための文句が「平凡童貞野郎が好き」と、いう設定だと知っているおれは本気で目の前の美少年が可哀相でならなかった。下方を向いていた志岐伊織の視線が前に向く。少しだけ、和泉の肩を揺らし、それを見ていた志岐伊織の唇は薄く、開いた。


「オレは、政哉が好きだから。だから、無理だ」


 声を失った。真剣な表情で、声音で、こいつ何言ってんだ。和泉は消え入りそうな声で「そうですか」なんて、言う。違うだろお前もっと粘れよ。いや、そうじゃないけどさ、もっとこう、聞けよ! このままだとなんか本気で変な空気になるだろ!?
 零れそうになる涙を押さえ込みながら、和泉は一礼しその場から去った。ポカンと口を開いたままのおれは、どうすれば良いのか分からず志岐伊織を見て、出入り口を見て、それを交互に繰り返す。

「せ、先輩今の……な、なんで…」
「平凡童貞野郎で言って引くかよ。牧野が言ったんだろ、本気で人を好きになったらって」
「なっ!あれ参考にしたんスか!?」
「おー。ってかさ、やっぱ彼氏はひとりいたほうが良いって今回の事でわかったしな」

 おい待て、ちょっと待て、なんだこの不穏な空気。
 帰りたい、今すぐダッシュで家帰って飯食って寝たい。そして今日と言う日を永久に忘れたい。にこやかな志岐伊織の表情を見ながら、上ってくる嫌な感覚におれはずっと耐えた。

「他の野郎から告白されるのもうざくなってきたし、何よりおまえ面白いしな。カモフラこれからも続けねぇ? な、政哉クン」

 ああもう。ごめん、もう無理。ここまで我慢したおれを逆に褒めてくれ。不良とか、平凡の前に人間としての常識に良識はどこに置いてきたんだコノヤロウ。荷物を掴んで、立ち上がった。美形が何だ、不良が何だ、所詮皆出たところは同じ場所だ!

「協力なんて、できるかボケ!」

 コーヒーとさっきの子のオレンジジュース代の小銭を志岐伊織に投げ捨ておれはその場から逃げ去った。来週からの学校のことなんて、その時全然頭になかった。



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