試合前の大事な時期。喧嘩、しかも殴り合い。 最悪だった。 顧問とコーチに状況説明をし、三年と政哉はこっぴどく叱られた。 それでも、政哉は殴った事は悪いけど、そのほかの事は悪いと認めなかった。 「友達馬鹿にされて、黙ってなんかいられません」 そう、言ったんだ。 「――おれさー、ここ最近思ってたんだよな」 右頬はガーゼが貼られている。左頬にはビンタの痕。……政哉の姉である、優奈さんの一発が残っていた。 そんな間抜けな顔で、政哉は自分の部屋のベッドに転がりながら俺に言葉を発していた。 政哉の家族には電話で先生から話が伝わり、家に帰った途端襲われたらしい。 怒られたではなく、襲われた辺りが優奈さんらしいのだろう。 ある意味満身創痍の政哉を見ながら、俺は続く言葉を黙って聞いていた。 政哉は、俺を見ずに天井を見ながら淡々と言葉を発していた。 「なんでおれ、バスケ部入ったのかなーって」 「……政哉」 「正直さ、何でも良かったんだよな。野球でも、サッカーでもさ。でも、バスケが一番面白そうだったんだよ」 汗臭いし、疲れるし、何より苦しいのに。それでも辞めずに続けてきた。 政哉の顔を見ることはできなかった。 やっぱり、政哉も選手になりたかったのだろう。 あの先輩みたいに俺の事を見ていたのかもしれない。 そう考えるだけで、やるせなくなる。 「おれさー、裕人ってすっげぇかっこいい奴って思ってるんだよな」 「……急になんだよ」 「いやまじで。バスケ巧いし、勉強できるし、いい奴だしさ」 「買いかぶりすぎ」 「だからさ、思っちゃうんだよね」 足を一旦高く持ち上げ、政哉はそれを振り下ろした。 反動で体を起こした政哉は、平然とした表情のまま、さらりと本音を吐き出す。 「おれ、お前の傍にいていいのかって」 頭の中が、一瞬だけ冷たくなった。 政哉の言っている言葉の意味が分からず、政哉の発言の意図が分からなかったからだ。 でも、言われた言葉に一瞬にして脳味噌が沸騰した。 ば、かじゃ、ないのか! 傍にいていいか、なんて。そんなもの俺の台詞だ。政哉の台詞じゃない。俺が、俺が政哉に言いたかったものだ。 俺は爽やかでも、いいやつでもない。高望みされても、困る。 ただ、お前の傍で、お前のために、何かが出来ないかって考えているだけだ。 「だってお前、おれを気にしてバスケに集中出来てねぇだろ?」 「それは……違う!」 「おれ、お前が選手に選ばれて悔しくなかった。普通に嬉しかった。そんな自分が駄目だって思った」 「――政哉?」 何が言いたいんだよ、おまえ。 離れてしまうのだろうか。この幼馴染と、俺は、もう一緒のコートに立てないのだろうか。 真剣な眼差しが向かってくる。五月蝿い心臓の音に、他の音が聞こえない。 今まで一緒に育ってきた、今まで一緒に生きてきた。 今更、他の人間と同じ色なんて、見たくない。政哉のいない世界なんて、見たくない。 「おれさ、裕人とライバルみたいな関係になる事に憧れたんだよな。でも、無理だ」 「何が言いたいんだよ……政哉」 「俺にとって裕人は支えてくれる人で、おれが馬鹿やったり、無茶したら止めるのが裕人なんだ。だからさ、おれはコートにもう立たない、立てない」 殴りそうになった。 はじめて、政哉を殴りそうになった。 拳をぐっと押さえ込み、俺は話を聞くために政哉を見る。 何が言いたいのか良く分からないが、自己を卑下しているなら俺は政哉を殴る。そう、決心するほどの衝撃だった。 「――どういう、意味だ」 「おれ、忘れられないものがある」 そう言い、政哉は笑った。ここ一週間まともに見ていなかった表情に、抱いていた怒りが一瞬怯み、その隙に政哉は言う。 「裕人が、試合でゴールを決めた瞬間」 俺が、バスケを続けようと思った理由。 あのゴールを決めた瞬間の感覚を、もう一度味わいたい。 そして、政哉がバスケを辞めるべきか判断した理由。 「コートの中じゃ、お前のプレイは近すぎて見えないんだ」 |