政哉の異変に気づいたのは、丁度そのときだった。
 試合の日が刻々と近づき、緊張や、興奮の日々を送る中、ふとした時に違和感を覚えた。
 いつから、政哉と話をしていないっけ。

 指折り数えて、身体中に冷水をかけられた気がした。
 一週間。
 顔は見ていたから気づかなかったが、既にそれだけの日々を政哉がいない中俺は過ごしていた。

 最近はバスケばかりで、授業中もあまり集中できなかった。
 夜は体の節々が痛くて眠れなかった。
 それでも練習はまってくれなくて、追い込むように懸命についていく。
 政哉の代わりに相手をしてくれるバスケに必死になって、まるで、それに縋っているような状況だった。

「藍田ー! 最近巧くなったな、お前」
「え……そうですか?」
「ああ。でも、ちょっと必死すぎ。あんまり力入れるな、ぶっ倒れるぞ」

 ここ一週間で仲良くなった先輩の言葉に喜びと、苦笑を返した。俺のこの頑張りは俺のためだけど、逃げているからこそのがんばりだ。
 心に穴が開いて、政哉の事ばかり考える。
 今までこんなに離れたことも、話さなかったこともない。
 不安だった。政哉の事が分からなかった。

「先輩」
「ん?」
「――コートの中は、気持ちいいんですよね」
「ああ。そりゃそうだろ、好きな場所だから」

 好きな場所。
 もう一度、あのシュートを打ちたい。
 もう一度、あの感覚を味わいたい。
 その思いは変化をしていないのに、隣に政哉がいないだけで感情は変化してしまう。

 ボールの音が体育館で響いている。
 毎日聞いている音なのにどこか虚しさを覚え、コートの端にいる幼馴染の姿を俺は見つける。
 同級生と、後輩と、楽しげに笑っている政哉の顔を、俺は真正面から一週間見ていない。
 後ろめたい。その感覚が、俺にあるからだろう。
 政哉はきっと変わっていない。俺だけが急速に変化している。
 政哉を取り残すのは嫌だ。政哉の傍にいたい。
 でも、体の軋みは止まらず、ボールの音も止まらなかった。



* * *



「藍田さ、身長伸びてね?」
「自分じゃ分からないから……でも、最近節々が痛いんだよな」
「親父くせぇ!」

 移動教室でクラスメイトと談笑する。
 目の前の男はサッカー部のエースで、よく女の子に告白をされるらしい。
 俺も何度か告白はされた経験があるけど、そういう好きとか嫌いとかに興味がなく、部活が楽しいから断っている。
 女の子に泣かれると辛いけど、好きでもないのに付き合うのは失礼だと思うし、何より、俺の事を「爽やかで落ち着いてる」そんな理由で好きになるなんて、信じられなかった。

 俺はそういう人間じゃない。勝手に美化されても困る。
 誰にだって優しいつもりはないし、誰しもに平等でなんかいられない。中二の男子にそういうものを求める方が問題だ。
 そういうことを言えば、目の前の男は「真面目過ぎ!」と、笑っていたけど。
 そんな彼は既に二人彼女がいた。今は三人目を募集中らしい。最低だ。

「オレさ、時々藍田ってホモじゃねぇかと思うんだよね」
「残念ながら俺は博愛主義じゃないから」
「知ってるって。でもさ、ほら……牧野? だっけ? あいつとよくいたからさ」
「幼馴染だから」
「でも最近はいないじゃん。ま、藍田が選手に選ばれて向こうが僻んで避けてるのかもなー」

 それは、ない。確かに、そんな風に思ったことは何度もある。でも、政哉はそういう事で避ける様な人間じゃない。
 無意識に睨んでいたのか、冗談だよ。と、焦ったような言葉を吐き出された。
 政哉が避けるなんて、ありえないことだ。
 素直で、純粋で、確かにわけの分からない思考に陥る時もあるけど、政哉はそういう人間じゃない。

 口を開き、政哉のイメージを何とか払拭するために言葉を吐き出そうとしたら、クラスメイト越しに政哉の姿が見えた。
 廊下の端、政哉は真直ぐ俺に視線を向けていた。
 けれど、その視線はつぃっとそらされ、政哉は俺に背中を向けた。
 何も言わず、笑わず、まるで何も見ていないという様な態度に、俺はクラスメイトに言う言葉を忘れた。

「藍田?」

 避けられた。避けられて、いる。
 その事実に、頭も、体も動かなかった。



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