牧野政哉13歳。
 藍田裕人13歳。

 あれは、中二の夏の始まりだった。

「裕人ォー! 部活行こうぜ!!」
「おー」

 俺達の身長が同じぐらいで、二人とも声変わりを迎えたときの頃。
 夏の空気、サイダーの香り、真っ青な空が次第に高くなる季節。

 キュッ、キュキュッ!
 体育館の床から、高い悲鳴のような音が響く。同時に、バウンドするボールの鈍い音も聞こえる。
 暑さを塞ぐため、開け放たれている体育館の大きな扉。
 ボールが飛び出ることを防ぐため、年季の入ったネットが広げられている。
 ダン! ボールを床に叩きつける音、振動、汗のにおい、聞こえてくる声。俺の好きな空間。

 県内でもそこそこの強さを持っているバスケ部に入部したのは、丁度一年前だった。
 幼馴染の牧野政哉が野球部、サッカー部、バスケ部を見学し、一番惹かれたスポーツがそれだったのだ。
 俺は政哉が入る部活なら何でも良くて、正直、政哉と一緒なら良かった。

 バスケは小学校の時もしていたけど、部活として、本気で取り組むものとして向き合ったことはない。
 だから、基礎練習も、パス練習も、最初の頃は嫌だった。
 政哉は俺を爽やかで、似合いすぎ! なんて笑っていたけど、内心なんてそんなものだ。政哉にいい格好を見せたいから、言えないけど。
 そんな時、一年生の初めての試合。俺は怪我をした選手の代わりに出た。
 責任はなかった。負け試合だったからだ。

 けど。

 パスをされて、俺にボールが向かってくる。
 咄嗟に取って、目に入ったものは赤いリングで。
 弧を描いたボールのライン、スパッと入ったあの瞬間、俺は、あの瞬間を忘れる事が出来なかった。

「やっぱすげぇな、先輩達」
「――そうだな」

 忘れられない瞬間。あの瞬間を思い出すために、俺はバスケを続けていた。
 政哉のお守じゃなくて、自分の意思のために。
 でも、バスケは団体競技で、チームプレーで、そして、実力主義だ。三年は引退をかけ、気合を入れて練習している。

 スタメンは決まっている。あとは、補欠。
 補欠だったら、俺も狙えないことはない。現に今のスタメンのメンバーのうち、何人かは二年のとき補欠だった。

「頑張ろうな、政哉」
「負けねぇからな、裕人!」

 バスケットボールがゴールに吸い込まれる。
 あの感覚を、もう一度。そして、政哉と一緒にあの中で。
 俺はそんな事を思い、コートの中の狭い世界を見る。あの中に、俺の気持ちは凝縮していた。



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