晴天。眩い夕焼けが目に沁みる。ノスタルジーだね、情緒的だね、いやいや、ほんとう…涙が出そうだ。

 目の前、いや、現在進行形でおれの隣を陣取っているのは、我らが柚木川高校代表三年不良の志岐伊織先輩だ。黒い御髪に前髪の赤いメッシュが夕日に似合いますね先輩。と、声をかけようものなら不機嫌クライマックス絶好調に下降中のこいつにぶん殴られるだろう。
 おれ、牧野政哉。地位平凡、性格凡々の男の隣に存在するにはかなりの威圧感を放っている志岐伊織は、おれを彼氏(仮)に仕立て上げ、今から一年の可愛い男の子を相手に大立ち回りを繰り広げるつもりである。
 とにかくおまえはオレの返事にぜんぶ「はい」で、答えりゃいいんだよ。俺様何様の言葉を吐き出した志岐はやはり不良だ。一体誰があんな鬼神御降臨の表情を見て断れるというのか。二つ返事で答えた自分に情けなさを感じながらおれは憂鬱真っ只中の気分の中、街中を歩いていた。
 こいつと歩いていて気づいたことは二つ。まず一つ目、向けられてくる視線の多さに疲れる。平凡だからこそ視線を向ける側のおれだが、向けられている対象がまさかこんなに疲れているとは思わなかった。今度から気をつけようと反省。もう一つ、こっちの方が同じ男として重要だ。こいつ、ちょう足長ェ。
 なにこれもう歩幅が違う。身長も確かに志岐伊織のほうが高いけど、おれは平凡より少し…うん、少し低いぐらいだ。早歩きでおれは歩いているのに、志岐伊織は完璧に普通に歩いている。へこむ。男して普通にへこむ。

「……なあ、おまえ歩くの遅くね?」
「…………………先輩の足が長いんスよ」
「ぶはっ!胴長短足かよ!」
「(……の野郎!)」

 むかつく。殴りてぇ。が、出来ない。怖いから。じっと様々な感情と葛藤していると、笑っていた志岐伊織はじろじろとおれに視線を向け「なあ」と、声をかけた。歩みは止まっている。歩道の中心で迷惑だが、志岐伊織は気にした様子など一切なかった。

「昨日から思ってたけどさ、牧野ってあんまり物怖じしないな」
「…してますよ」
「そっかぁ? ま、言いたいこと言わずにオレに従っている点ではそうだろうけど、なんつーか、曲げたくないとこは曲げないだろ。今回の理由聞いたりとかさ」

 いや、聞くって。聞くって普通に。今回のことはカモフラージュで付き合っているだけだけど、ガチの告白なんて流石に無理だ、断る。殴られても構わないから、掘られるのだけは勘弁して欲しい。結局、ただ保身に走っているだけだ。
 男を好きになれない志岐伊織の気持ちは分かるし、相手の男の人間を好きになる気持ちも分かる。少し育ち始めている罪悪感を見て見ぬ振りしている時点で、かなり自己嫌悪に襲われているがそれは志岐伊織に言う必要ないだろう。そういう風に考えれば、おれは曲げたくない所じゃなくて、自分の傷つきたくない部分を明確にしているだけだと思う。

「……ほんとに、今回だけですよね?」
「まあ、牧野クンはこういうの苦手そうだからなー」

 現在進行形で迷惑被っている身としては、だったらつき合わせるなよ、とツッコミを入れたかったが、言葉を吐き出すべきかどうか考える前に背後から「志岐先輩!」と、少しだけ高い少年の声が聞こえてきた。
 振り向いたそこにいたのは、柔らかい栗毛を持っている可愛らしいおれよりも小さな男。目は、明らかな嫉妬の炎を覗かせていた。



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