※まず間違いなく夢ではない ※四ノ宮ルートBAD だってぼくはよわいから。 待ち合わせの場所について、溜息をひとつ吐いた。白く濁って、消える。そんな当たり前の光景に何だか心がざわついて、顔を上げようとして、そして止めた。 もちろん、そこに広がっているだろう星の海は今だって変わらず大好き。大好きだからこそ、見たりしない。欲しがったりしない。美しいものは全部こわい。僕は何もかもが弱いから、後悔してしまうんだ。だから見ない。好きになっても、口に出したりしない。そういうのは全部、僕の中にしまって、鍵をかけるんだ。全部。 「砂月、くん?」 冬の冷たい風に乗って声がひとつ。 きらきらした女の子。僕の大好きな女の子。ハルちゃん。 「あぁ、ごめんなさい。今日は僕なんです」 「えっ、あ、ごめんなさい!わたし」 「いいんです。だって、あなたを呼び出したのは、さっちゃんでしょう?」 ハルちゃんは少しほっとしたような顔をして、それでもばっと頭を下げた。ごめんなさい。沈んだ声に胸が痛む。ハルちゃんは僕が知っている女の子の中でも、一番にいい子だった。ころころと表情を変える彼女はすっごく可愛くて、大好きで、そんな彼女を困らせて、謝らせたのは僕で、……ああ、自己嫌悪。 おずおずと顔を上げたハルちゃんは、寒さでほっぺを色付けながら、不安げに僕を見つめていた。どうしたのかな、と思ってすぐに納得した。ああ、そういうこと。 「大丈夫だよ、ハルちゃん。僕です」 「はいっ、那月くんです!」 「ふふっ、……ハルちゃんは面白いなぁ」 くすくすと笑い合う。ハルちゃんが笑ってくれてほっとした。ほんとは全然おもしろくない。僕はさっちゃんと違って嘘をつくのがとっても上手だから、きっとハルちゃんにはバレたりしないけど。バレたらいいのにな、とは、少し思う。でもたぶん、絶対、そんなことはあり得ない。 「ねぇ、ハルちゃん」 「はい」 目をまんまるにして僕に向ける視線に、声が震えそうで、てのひらにぎゅっと力を込めた。汗でびしょびしょで、ちょっぴり面白くなった。今度は笑える。 「さっちゃんと僕、どっちが好き?」 「那月くん、と……?」 「そう、僕と、さっちゃん」 ハルちゃんはまた眉を下げてしまう。困った顔も可愛いけど、僕はただ、早く結論が欲しかった。僕の思惑が分かりかねるからか、ハルちゃんは口を開こうとして、閉じる。気持ちが急いて、一歩近付いた。 ねえ、いつものようにあの残酷な答えをください。そう、これはただの最終確認。 「わたし、は、その……お二人とも、大好き、です」 すとん、と言葉が胸に刺さる。顔をさらに赤らめた彼女は、俯いてしまった。ああ、痛いな。それから、苦しい。胸がぎゅうっとなって、僕は笑った。 「ふたりなんですね」 「……え?」 「僕はハルちゃんだけ。あなただけ、でした」 「っ、あの!」 「僕は欲張りだから、あなたの全部が欲しかった」 「違うんです!その、っ那月くん!」 ハルちゃんは大きな声を出して、僕の腕をその細い指先できゅっと掴んだ。その必死さが面白くて、僕はまた笑う。 「どうして焦ってるの?さっちゃんは僕にないものをいっぱい持ってるから、好きになっちゃうのも当たり前だと思うんです」 「ちがう、ちがくて、那月くん」 「僕とさっちゃんはふたりでひとり、ないものをお互い補って、そうして生きてる」 「……なつきくん」 「でもね、僕、気付いちゃったんだ。さっちゃんになくて、僕にしかないもの、それがひとつしかないんだって」 「そんなこと、ないです……」 「何か分かる?ハルちゃん」 からだ、です。 「すごいでしょう?こんなことに気付けるなんて」 僕は今までにないくらい高揚していて、なのにハルちゃんは綺麗な琥珀色を涙で揺らめかせて、今にも世界が終わりそうな表情。 「そんなこと、砂月くんは望まないはず、です」 「僕のからだだもん、さっちゃんが望む望まないは関係ないよ」 「やめて……やめてください、そんな」 「どうして?ハルちゃんは、"ふたり"が好きなんでしょう?」 「やめて……」 「これでひとりを愛せますね」 それは僕であって僕じゃないけれど。 だって僕は弱いから。心が弱いから、だからどうしようもなく、たまらなくなってしまうんだ。それがたとえ、"僕"だとしても、だからこそ、認められないんです。全てが欲しくなってしまうんです。あなたが、すべてが。好きで、好きで仕方ないから。 あなたがふたりを好きだという度に、僕の心は張り裂けそうに痛むんだ。もうふたつに裂けて、だからこうなってるのに、おかしいね。本当。また裂けたら、きっともっと痛くなってしまうんだろうなぁ。 僕が弱くて、だから裂けて、そして痛む。 つまりこれは僕の罰。僕が弱い、罰。 「ハルちゃん」 「やです、だめです、お願い、那月くんっ」 「あなたが好きでした」 「ーーっ」 「でもね、それは過去形。だから忘れてね。僕を」 「やだ、や、いやっ」 「そして、ふたりで幸せになってね。せかいでいちばん」 「っあぁぁぁっ」 僕に言葉が届いてないって思ったのか、ハルちゃんはその場に泣き崩れた。ちゃんと届いてるよ。大好きなハルちゃん。これで最後だもん。一瞬だって見逃したりしない。ああでも、最後に見れるのが泣き顔なのは、少し悲しいな。でも、笑顔も泣き顔も、全部、僕の好きな、ううん、好きだったハルちゃんだから。いいや。 「ありがとう」 僕のために泣いてくれて。僕のこと好きになってくれて。 これからも僕を愛してね。 四ノ宮砂月という、僕を。 2012 0607 那月くんが消えるルートがあったっていいじゃないっていう妄想 |