*蠍泥 *零様へ捧げます 雨が降っている。 ぴちゃん、と自室の天井から雫が滴って落ちた。このアジトも随分ガタが来ているようだ。岩壁を打ち付ける雨の音が何となく耳に心地良い。 現在は大分夜も更けた深夜二時。明日目が覚めたらあの雨漏りを何とかしよう。折角目も冴えてるし、今やってしまってもいいが、今日は駄目だ。こんな風な雨の日には奴が来る。きっと今日も、何の遠慮も無くやって来るのだ。 そんな事を考えていれば予想通り扉が開いた。ほんの小さなギ、という蝶番が錆びた木材独特の音を耳で確認してゆっくりと目を閉じる。あくまでも俺は寝ている設定だ。 ざり、ざり、とサンダルを引き摺ってベッドに歩み寄る気味の悪い足音の後に次いで感じたのは自身に掛かる重みで、奴がよじ登って来たのだと解釈する。心なしか圧迫感があった。頬を生温い微風が当たってこそばゆい。きっと目を開ければ奴の顔が至近距離にあるのだろう。 暫くその状態が続く。時間にして十数秒程度だったのだろうが、ピンと張り詰めた空気と緊張感にその倍ぐらいの時間が経ったような錯覚に陥る。耳にはさっきと同じ雨の打ち付ける音と水が漏れて床を跳ねる音だけが届いていた。とても、静かだ。 先に静寂を破ったのは奴。 ぐっと奴の体に力が入ったのがほんの僅かなスプリングの軋む音で解った。次の瞬間には奴の唇が俺のそれに押しつけられていて。触れているだけの口付けを、待ってましたとばかりに押し返す。ん、と小さく声を漏らした奴に気を良くして薄く開いた隙間からすっと舌を侵入させた。暖かいのと柔らかいのと、お粗末な奴の応答。じゅっと吸ってみれば驚いたように奴の舌が奥に逃げて行くからそれを追って絡める。そうすれば奴も又おずおずと答える。次第に深くなる口付けに、呑み込み切れなかった唾液が奴の口端を伝った。もうどちらの排出物なのかすらわからない。 合間合間に苦しそうな吐息が混ざりだして、もう限界だと言わんばかりに俺の顔をぺたぺたと触って薄く碧い眼を開いた奴が見つめてくるから、多少の物足りなさを感じつつもやっとのことで解放してやった。 「よお、デイダラ。夜這いかよ?」 「…ばーか。ちげーっつの」 何が違うのか是非説明願いたい。 荒く息を乱して肩で呼吸するデイダラの目が苦しかったからか若干潤んでいて、純粋に綺麗だと思った。伝った唾液をぐいっと手の甲で拭うデイダラは何故か俺に馬乗り。違う違う、これは色々間違っているだろうと奴の手を引っ張って、あら不思議。一瞬で位置チェンジだ。 デイダラが大分息を整えた所でもう一度口付ける。やはり下から見るのと上から見るのでは全くの差があるものだ。こちらの方が眺めがいい。デイダラの白い肌が暗闇によく映える。勿論ほんのりと蒸気した頬も顰めた眉も、暗闇に慣れたこの目では全て見放題だ。キスの時はきつく瞼を閉じているから、一種の宝石のような碧い眼が見れないのは些か残念でもあるが。 「おい。あんまりがっつくなよ」 「がっついてんのは旦那だろ?うん」 「…減らねえ口だな」 言ってデイダラの首元に顔を埋める。すん、と酸素を吸うと胸一杯にいい香りが広がった。 デイダラは雨の降った日は決まってこの時間帯、俺の部屋に来る。餓鬼の頃眠れないという奴に付き添ってやった事が度々あり、恐らくその癖が抜けないのもあるのだろう。以前に何故かと聞いたらあの強気なデイダラから「寂しいから」なんて言葉が聞けたもんだから驚きだ。それからは何度も来る奴を拒むでもなく鬱陶しがるでもなく、きちんと受け入れてやる。決まってキスを求められ、眠る。よく理性を保てているよな、と俺自身に感心する。 べろ、とデイダラの耳朶を舌先で舐めた所で「旦那、」と細い声が横から聞こえてむくりと起き上がった。 「旦那、もっかい」 言葉と同時にするりと首にデイダラの腕を回されてぐっと引かれる。途端、鼻先が付きそうな程また顔が至近距離まで近付く。ぱっちりと開かれた碧い眼と視線がガッチリ合って、吸い込まれるような感覚を覚えた。 ぺろりと上唇を舐めてデイダラの紅く色付いたそれを誘い出して宙で絡める。ねっとりとした水音と荒い息遣いが深夜の室内で響く。何分岩で出来た砦なので耳元で響いているようだ。 「…――はっ…、んぐ」 二秒程離れて、今度はぐいっと奴の口内に滑り込む。デイダラから漏れる小さな喘ぎがゆっくりと、だが確実に理性の蓋を開けようとする。必死で堪えてはいるもののいつ崩壊するか解りゃしない。 いつもそうだ。少しは余裕ぶってリードしたいと思うのにいつの間にか必死になっている。これまで何度か女を持った事があるがこんな事は初めてだ。それはなぜか。…答えはもう解っているが。 「………ぷはっ…、」 「相も変わらずへったくそだなお前」 こうやって言葉だけでも余裕を持たせてみるが、きっとデイダラは内心俺が必死である事を知っているのだろう。何とも情けない話だがどうすることもできないので気にしない。 ちゅ、とデイダラからの触れるだけのキスで今晩の行為に終わりが告げられた。無駄に乱れてしまったシーツを整えようと組み敷いた奴がゆっくり上半身を持ち上げる。 「旦那は上手すぎ」 「好きなんだろ?」 にやりと口角を上げて問えば同じように口角を上げて答える。理性崩壊までのカウントダウン開始。ニイ、と笑って口を開く。一連の動作が俺にはゆっくりと見えた。 「うん、好きだ」 「……夜のお前、からかいずれぇんだよ」 くしゃりと前髪を掻きあげて、もう一度デイダラを押し倒した。 通り雨と濡れ鼠 20110610 |