*泥蠍泥



すう、と酸素をめいっぱい肺に送って全力で吐き出す。燦々と照りつける日の香りと、微かな潮の匂いが心地良い。ぐっと両手を大きく上げて伸びをすると何とも広大な水溜りを前に大きな解放感が心を埋め尽くした。
オイラ達は今、任務の道中で海を眺めている。


「へぇ、こいつが海、か。うん」


流石に広いな、だとか当たり前の事を呟いてその透き通った水を指先に触れる。舐めてみれば噂通りしょっぱい。それにべたべただ。
始めて海という物を見たオイラには光に反射してキラキラ光る浜も、小魚達が戯れる水溜りも、この広さも。全てが新鮮で気持ちがいい。こいつはどこまで続いているのだろうか。誰かこの海の向こうは行ってみた事があるのだろうか。飛び込んでみればオイラも溶けてしまえるだろうか。
とか。ちっぽけすぎるオイラが考えても無駄だったか。


「何だデイダラ、海、見た事無かったのか?」
「うん?まあな。岩隠れは海に面して無かったし。然程興味もなかったしな」


流石にこの炎天下の中、ヒルコに籠り続けているのは至難の業のようで、旦那は汗だくの顔をタオルで拭きながら海だ海だとはしゃぐオイラの横に並ぶ。傀儡でも汗ってかくもんなんだな、うん。熱いならコート脱げばいいのに。ご丁寧にキッチリと長袖の服を着込んだままだ。
悪戯に水を引っ掛けてやろうと思ったけどやめだ。薄ら感取った旦那が思い切り睨んでいる。


「へぇ…まあただ水が沢山あるってだけだしな。鬼鮫に言えば何時でも見れる」
「うわ、夢がないな旦那は。ここはアレだろ、いっちょアレやろう、うん」


何を言っているんだと頭上にハテナマークを浮かべる旦那を余所にすっとしゃがんでサラサラとした砂に人差し指を埋める。
つつつと右に左に滑らせる。出来た、と満足気に呟いて横に突っ立っている旦那の腕を強引に引きよせて同じようにしゃがませた。何すんだとか文句が飛んで来たが気にしない。

出来あがったという浜に浮かぶのは、旦那大好き、の文字。


「ほら見ろよ旦那!砂浜に愛のメッセージ!」
「…くっだらねえ」


ハア、と盛大な溜息を一つ。流石のオイラもウケを狙って書いてみたが旦那のノリの悪さにはがっかりだ。いやこういう性格だって解ってはいたけどさ。もう少しなんか他の言葉があっただろ、うん。
つまんねーの、と一言呟いてたった今書いた文字の上にぐしゃぐしゃと足で踏み消す。何て事は無い、一瞬で消えてしまうメッセージ。


「海に来た恋人って言ったらこれだろ?うん!」
「どこから来た知識だ馬鹿ダラめ。…ちょっと待ってろ」


動くなよとか何とか言って旦那は岩場の方に歩いて行く。そのうち後ろ姿も見えなくなって、手持無沙汰になったオイラはしゃがんで浜の砂を掻き集める。よく漫画とかで砂の城なんかを作っていたりするのを見るが、実際アレはどうやって作るのだろう。水?で固めればいいのだろうか。
と、そんな事を考えている内に背後に人の気配。


「あ、旦那おかえ……り?!」


後ろを振り向いて旦那の姿を確認。その手にはかなり大きめの岩。状況把握するのに数秒掛かってしまった。
どっこいしょ、と何とも親父臭い掛け声と共にその岩を浜に置く。見る限りかなり重そうだ。一体その華奢な体の何処にそんな力があるのか。じっと旦那の顔を見て感心していると忍具ポーチから彫刻刀を二本取り出して片方をオイラにずいっと差し出された。しかも刃の方を向けて。


「おう、良さそうな岩見つけたからさっさと彫れ」
「はぁ…?!何だよその馬鹿デケェ岩!しかも彫れってどういう…」
「ほらよ、メンテ用の彫刻刀だ。つべこべ言わずさっさとしろよ」
「ちったあ聞けよ旦那」


オイラの言う事何て完全無視、総スルー。質問に答えてくれる筈もなく、一人黙々と岩に何か彫りだしている。だから、何なんだよ。突然彫れと言われても解るわけがないだろう。
ぼうっと旦那の手元を見つめていると、何してんだと喝が入れられた。


「浜に書いても直ぐ波に掻き消されんだろ。だから彫れ」
「は……?」


成る程、彫れというのは先程の愛の告白の事らしい。全くこの親父には時たま驚かされる事があるものだ。流石旦那、何につけても“永久に残るモノ”というのが鉄則のようなものなのだろう。何だかちょっとオイラの芸術を傷つけられた気分だ。


「…ふーん、へえ。そういうこと。でも旦那よぉ、いくら彫ったからって何度も波に打ち付けられれば削られちまうぜ?うん」
「それならまた来年彫りにくればいいだろ」


フン、と偉そうに言って岩に愛の告白を彫る旦那の横顔はほんのり赤み掛かっていた。





(来年も、きっと)
20110601

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