*泥蠍 *学園パロディ この時期は自然と騒がしくなる。 忙しなく廊下を走り皆辿り着く場所は同じ。学校に来て一番に目に付く靴箱の前。その壁一面に張られた地獄の紙切れ一枚。 ――そう、今日は中間考査の結果発表の日である。 「お、デイダラちゃん!中間、結果はどうだった?」 「―――……あー、いつも通り」 じっ、とその黒い文字で埋め尽くされた紙切れを見る。最下位を僅差で争う二人、自分の名前ともう一人、サソリ、という何とも可笑しな名前――。 「え?サソリ?」 「うん、そう。サソリ」 はむ、と手に持っていた焼きそばパンを一齧り。空腹のお腹が段々と満たされて行くのを感じた。そして最後の一欠けらを口に放り込み、もう反対に持っていたイチゴ練乳の紙パックからストローを伝わせて中身をごくりと呑み込む。 そうした一連の動作が終わり、未だサソリという人物に考えている友人の飛段にチラリと目を向けて直ぐに空を見上げる。やっぱり屋上の空気は美味しい。 「サソリ…ああ、あのいつもお前とドベ争いしてるやつ?」 「そう」 「あー…あんま知らないけどさ、本当は超天才らしいぜ?でもそれが、テストを受ける気が無いのかほぼ白紙で提出しやがんの」 「え、」 何だそれ。超ムカツクじゃん。どこでそんな情報手に入れて来るんだとも疑問に思ったが、学園一、二を争う情報ツウだから仕方ないかと一人、納得、解決。 「何、今回はデイダラちゃんの方がドベ?」 「…まあ、な」 入学してからこれまで、とても自慢出来る事じゃ無いけれどこれまでのテストは全部ドンツー。今回のオイラの点数が三十六点。そんでサソリが四十五点。九教科五十点満点としてもこの結果は相当ヤバイ。のだろうとは思うが、改善しようにも面倒とかいう考えが第一に来てどうにも上手くいかない。 毎回一桁代を弾き出しているサソリとかいう奴がどうした事か今回だけは少しのやる気を見せたらしい。その“天才少年”の“不真面目に受けたテスト”の結果にどうやらオイラは負けたようだ。畜生、流石のオイラも悔しい。 そいつは結果を見に来ているのだろうか。テストを受ける気が無いのなら、やはり結果も興味がないだろうか。ともすれば結果なんて見に来ないのか。とりあえずそのサソリって奴に一言物言いたい。いや、何を言いたいのかは良く解らないけれど、このむしゃくしゃをどうにかぶつけてやりたい所だ。 「どうしたの?負けたから興味湧いた?」 「んー…そんなとこ」 「じゃあ知りたい?サソリのこと」 「…勿体ぶらず早く言えよ」 暫くオイラは飛段から話を聞いていた。そんな事まで話していいのかよ、と少し心配もしながら。 (燃えるような赤色、ね……) 結果の張り出しから少し経って、やっと落ち着いてきた廊下を静かに一人、歩く。各教室を覗いてみれば、追試勉強に励む者や全てを諦めたようにうだる者達(因みにオイラは諦めた集団の一人だ)。その中からたった一人の人物を探す。簡単な事かと思いきや、中々見つからない。 飛段から聞いたサソリの人物像。かなりの癖っ毛で、ぴょんぴょん跳ねた紅色の髪をした、やや短身の男らしい。思い当たる節が全くないため、やっぱり面識は無い筈だ。 彼のクラスは1−F。俺はDで、遠からず近からず。合いそうで合わないぐらい。 教室を覗いたけれどそこに彼の姿は無かった。昼休みで時間もあるし、もう少し探そうかと廊下の角を差し掛かった時。 ドン、という衝撃と小さな呻き声が前方から聞こえた。 「いっ…て…オイ、どこ見てやが……」 「あ、」 一番最初に思った事。何てベタなんだ。 いつか読んだ少女漫画のような展開に、表情がどんよりと濁る。因みに言っておくが、全て飛段に無理やり読まされた知識だ。決して妙な勘違いをしないで欲しい。 幸いにも、ぶつかってしまったのは今まで探していたサソリらしき人だった。 話通り、跳ねた紅色の髪、短身、ついでに童顔。オイラも人の事を言えたクチではないが、女の様な顔立ちをしている。 「お前は…」 「え?あ、オイ、アンタ!」 目を丸くして、小さくオイラを呼び掛けたと思えば、顔を真っ赤にして走って行ってしまった。呼びとめる暇もなく、何だったのだろう、と小首を傾げるも、解決することは無かった。 「……てなことがあってね」 「へえ?サソリちゃん、デイダラちゃんの事知ってたんだ?まあ、いっつもドベ近くっつったら嫌でも覚えるか」 先日の事の経緯を、いつもと同じ屋上で事細かに説明する。飛段も不思議そうな、感心したような顔でそれに対応する。いつもと変わらず、昼食のメニューは焼きそばパンにイチゴ練乳。最近のお気に入りだ。 「で?その後は?」 「うーん、結構注意して見てはいるんだけど、中々会えなくてな。たまに遠くから声掛けると直ぐ逃げられるけど」 「逃げ?何それ、嫌われてるんじゃねーの?」 ぐさ、と心に突き刺さる一撃。そうなんかな、と少し落ち込みながら聞けば、慌てた様に訂正と謝罪を述べる。でも実際、そうなのかも知れないか。それなら凄く迷惑かけてるかも。うん。てか、もっと早く気付けよ、オイラの馬鹿。 「うーん…そういえば一回も誰かと居る所見たことないんだよな…」 不思議そうに呟けば、そうなの?と同じような顔をしたまま言われた。流石の情報屋もそこまでは知らないのか、興味が無いのか。 他の生徒にも聞いてみたけど、別に特段嫌われているとか、そういうのではないらしい。ただ、あまり人と付き合うのが苦手みたいだと聞いた。 「じゃあお前が友達一号になってやれよ。アタック頑張れ!」 「何だよその人任せな感じ」 「だって他人事だもんな」 「薄情者」 「何とでも」 フ、と笑ってその場は終了、食べ終えたし、教室に戻ろうかと立ち上がって大きく伸びをする。その時、ふとグラウンドに目が行って。校庭の隅の方に駆けて行く紅の髪をなびかせる人影を見た。 「…オイラ、外行って来る」 「は?ちょっ、予鈴鳴るって」 「すまねえ、時間ないから行くな」 ゴミ捨てといて、と半ば無理やり押し付けて、早々に屋上から出た。後ろから掛かる不満の声なんていっその事無視だ、無視。 素早く外履きに変えて外へ出る。そのまま一目散に先程人影を見た校庭の隅の隅へ。遊具も無く、あるのは無駄に生えた木と雑草ぐらいだ。どうしてかは知らないが、確かにこの目でここへ走って行くサソリの姿を見た。が、恒例通り見つからない。何だ、気配を消す能力とか持ってんのか、すげえな。 (真面目に、確かこの辺……あ、) 自慢じゃ無いが短気な性格だから多少の苛立ちを感じながらも辺りを見回してみる。少し離れた一本の木の梺、目当ての人は思ったより早く見つかった。 「くそ…返し…やが、れ!こんの糞鴉!」 懸命に、それなりに高い木によじ登り、枝に掴まって上の方へ手を伸ばす。何事かと思えば手の先には黒い羽を畳んで優雅に巣に座る一羽のカラス。良く見ると口に何かを銜えている。どうやらお目当てはそれらしい。運動神経はあまり良くないのか、見ていて危なっかしい程木登りが下手だ。 「何、してんだ?」 「ッ?!!??!」 声をかけた瞬間、……ドタン。ああ、悲しきかなその体は真っ逆さまに地面へと叩きつけられた。まさかそこまで驚くとは思っていなかった。落ちるなんて思っちゃいなかったんだ。そうそう、オイラは悪くない悪くない。 「だ、大丈夫か?」 何とか笑いを堪えて、手を差し伸べる。凄く痛そうだけれど自分の体より鴉が気になるのか、未だ悠長に座り続ける鴉に釘付けだ。 話を聞いて貰えないのもアレだから、手頃な小石を一つ、手にする。そして鴉目掛けて投げた(言っておくが当てるつもりはない。驚かすだけだ)。目標通り鴉はびくっと舞い上がって、ガァーと一鳴きすると銜えていた物を落として飛んで行った。 視線を地面に向けて落ちたソレを拾う。何て事はない、くしゃくしゃになった一枚の紙切れだ。何でこんな物をとも思ったが、中身を読むのは流石にプライバシー侵害だなと読まずに未だ尻もちをついたままでいるサソリに渡した。 「あ、…ありがと、な…」 「さっきはごめんよ、驚かせて」 「ああ、いや…別にいい。こっちこそすまない…取り返してくれて」 おどおどと、慣れない様子でたどたどしく話すそれは何だか異様だ。人とのコミュニケーションが苦手なのだろう。目線がさっきから色々な所を向いている。 ぱんぱん、と制服についた砂埃を払うと、「じゃ、じゃあな」と百八十度回転してそそくさと帰ってしまおうとするその背中を思わず引きとめた。 「あ、ちょっと待てよ!」 「は?えっ」 気付けばぐい、と手を引いていた。驚いたのか何なのかは知らないが、何ともマヌケな声が上がって、笑いの沸点が低いオイラ(自覚はある)は、笑いたい衝動を抑えて何とか真剣な顔に戻した。 「ねえ、アンタさ、サソリでしょ?」 「ああ…そう、だが」 「始めまして、オイラデイダラってんだ」 パッ、と手を離してこっちに向き直したサソリに自己紹介をする。あ、ヤバ、いきなり呼び捨てはマズかったかな?きょとんとした様子でこちらをじっと見るサソリは、何というか愛らしい雰囲気を持っている。 「ソレ…さ、何のプリント?」 「え?ああ…俺美術部に入ろうと思っててな。申込書を取られたもんだから焦って…余りは無いって言われたし」 「え、美術部?」 思わぬ所で飛び出した単語に驚く。コイツ、顔がいい癖にどちらかというと根暗の集まる文化部に入るらしい。へえ、成る程、美術部。 「何だ、今更かよ?もう夏だぜ」 「色々あって申込が遅れた」 「へえ?そうなんだ。なあ、オイラさ、美術部に所属してんだ。あ、オイラの事知ってる?」 「あ?ああ…お前アレだろ、超馬鹿の」 「馬鹿って言うな馬鹿って!大体アンタがいつもドンだろ!」 まあでもアレは俺真面目に受けてないから、とか何とか負け犬のように言い捨てる。でも実質頭はいいんだろうから、負け犬じゃないのか。寧ろオイラの方が負け犬みたいだ。ちょ、やめろそういうの。 「ともかくさ、今日申込か?よかったらオイラ付き合うぜ。そんで部の方に顔出ししよう」 それで決まりな、と有無を言わせない勢いで早口に言う。ぐいぐい迫るオイラに若干戸惑っているのか、あ、だのう、だの意味を成さない文字を発している。そんな姿を見て何だか可愛いとさえ思えた。 「…?デイダラ?」 「…あ、いや、何でも無い。じゃ、校舎戻ろうぜ。予鈴鳴っちまうぞ、うん」 ん、と軽く相槌を打ってオイラの横を歩く。紛いにもオイラの最悪な成績が新しい縁を運んできてくれたようだ。 生まれて初めて、自分が馬鹿でよかったと思えた一日だった。 その過程。 20110526 |