(ああ、終わったな、こりゃ)


プツンと何かが切れた様な感覚と共にこれまでずっと堪えていた全てがどっと襲う。悲しみだとか怒りだとか、そんなものは全部通り越していた。
ただ頭がすっと冷えていって。気付いた時にはつう、と温かい雫が一筋、堕ちて行った。


「…飛段」
「………ぅえ…んだよ、糞教師…」
「…飛段、すまない」


言葉とほぼ同時に。ぐい、と俯いてごしごしと乱暴に目尻を拭う俺の胸倉を引きよせ、呆気にとられている俺をガン無視してあろうことか荒く唇を押し当てて来たのだ。
一体何がどうしてこうなったのか全く理解できない俺を余所に、角都の舌が半開きの俺の口内に侵入するともっと訳がわからなくなってきた。


(謝罪の言葉と共に降るキス…なんて)


…これ以上に胸糞悪い事は他にない。

味わうような濃厚なキスを続ける角都を一睨みし、がちんとその舌を噛んでやる。
反射的に引っ込んでいった隙を見計らい、広くて温かい角都の胸をドンと押しやった。口の端からだらしなく垂れる唾液を制服の袖で拭う。最悪、最悪だ。
こんなに深いキスは初めてだったというのに、このシチュエーションはない。最高に気分が悪い。込み上げる嗚咽と涙が最悪な気分をもっと増してくれる。


「ちっ…くしょ…慰めなんていらねぇんだよ…っ!くそっ…最悪…ぅぁ…」


訳がわからなかった。考えたくない、俺の全てが拒絶している。
恐ろしく女々しい俺自身も。止まらない涙も。困ったようにしている角都も。何もかも信じたくなかった。


「飛段、違う…飛段」
「うぇっ…ぐッ…馬鹿、糞、っ…」
「…泣くな」


まるで小学生並の幼稚な罵りだ。いつまでも泣きやまない俺の頭を優しく、愛しむように柔らかく撫でる。何が違うだ馬鹿。罵倒も頭には浮かんでも上手く言葉に出来ない。


「…好きだ、飛段」


ポツリと呟かれたその一言が、嫌に頭に響いた。
いつの間にか角都の温かくて大きな手が背に回っていて、ぎゅ、と優しく抱き込まれる。気付けば角都の肩に顔を埋めていて、耳には角都の吐息が掛かってこそばゆい。
とても安心する温もりだった。だが、今の俺には何もかもが拒絶の対象だ。


「――ッ…嘘は嫌だ、もう何も言うな…」
「嘘などではない」
「うっせ…黙れっつってんだよォ…!」


嫌々と駄々を捏ねる子供のように首をふるふると横に振って、がむしゃらに角都を引き剥がそうと力を籠めると、それよりもずっと力強く角都に引き戻される。そして低いテノールの、びりびりと全身を麻痺させるような声で。


「…――泣くな…」
「ひぁっ…か、くず…?」


耳のすぐ横で囁かれた言葉は俺にとって殺人兵器並に甘く響く。
切羽詰まったようにそう言った角都の唇は、未だぽろぽろと雫を生み出す目尻に移動して。状況把握にあたふたとしている俺を無視してぺろ、とその雫を舐め取られた。言いようの無い感覚が脳を這いずる。何だ、コレは。

「…教師と恋愛なんて所詮報われない。いつどこで誰に関係がバレるやもしれぬ。…そうなればどちらの立場も悪くなる…だというにも関わらず」


額をコツンと合わせて、小さく溜息を洩らしてそう口にする。潔くこの現状と意味を理解した俺は、みるみるうちに顔が真っ赤になっていくのが解った。顔が熱い。
瞳を閉じた角都の顔を覗き込むように見ていると、突然開いた緑眼が俺を覗いて、思わず驚いて身を引いた。


「…お前はいつもいつも俺を狂わせる……」


ふ、と微笑んだ角都に不覚にもときめいてしまったのは言うまでもない。
言いたい事は沢山あるのに、上手く言葉にする事が出来ない。それよりも嗚咽が邪魔をして、言葉すら出せない。あ、だのう、だの意味を成さない言葉を散々言って、やっと落ち着いて来た所を俯きがちだったのを勢いよく角都を見上げる。


「…、角都…かくずっ…わりっ…俺ッ…」
「いいから泣き止め…お前が泣いているとどうすればいいのかわからない」
「ん…なぁ角都、言ってくれ、直接お前の口から…聞かせてくれ」


俺の肩に手を置いて、啄ばむ様なキスを降らす角都に、頼む、と薄く笑って言う。一瞬角都が動きを止めて、伝わったのか伝わってないのか、口元に優しくキスをしたかと思うと即座に舌が侵入して深いキスを求められるものだから精一杯それに答えた。
腰が砕けてしまいそうな甘いそれに気が遠くなる。潔く離された角都のそれと俺のとの間に名残惜しそうに銀糸が引いた。
蕩けるような目で角都を見れば、ふ、と柔らかく笑ったその口が俺の名前を呼んで。


「愛してる」


再び囁かれたその言葉に、今なら死ねるかもしれない、と思った。




20110501

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