*泥蠍泥




例えば、そうだな。
もっと別の話の切り出し方ってもんがあったかもしれない、とか。
もう少し直接的な言葉で言えたら楽なのに、とか。
色々考えては見たものの、元よりインテリでないオイラはそういう事を考えて行動する、なんてスキルは無かった。気付けば言葉が付いて出る。思っていない事も思っていた事も。少々不便だな、なんてどこか他人事のように頭のどこかで思いながらもぽろぽろと言葉を発している。

「なあ、サソリの旦那」
「あ゙?」

先程から一番のお気に入りとかいう三代目風影の人傀儡の仕込みを一生懸命している旦那に声を掛ける。
オイラはオイラで起爆粘土の新作開発に励み、旦那は旦那で傀儡のメンテ。お互い同じ部屋にいるにも関わらず全く相手に興味がないように背を向けて黙々を作業を続ける姿勢は声を掛けても変わらず、適当に会話を交わすだけ。
こんな態度を取られると、意地でも興味を引きたくなるのもまた事実。

「オイラさ、やっぱこうやって粘土触ってると思うんだけどさ…やっぱり芸術っていうのは一瞬の美の事をいうと思うんだよ、うん」
「……あ゙ん?」

ポツン、呟いてみれば、異常な程反応した旦那がぐりんとこちらも見遣った。そうそう、その目その目。血走った鋭い眼力。思わず身震いする程だ。
芸術家というモノは己の作品を馬鹿にされるのを忌み嫌う。まあそれは誰だってそうだと思うのだが、旦那の場合別格だ。己の体を自ら傀儡にするくらいだし、それは一種の自己陶酔にも近しいものがある。
ああ、そんな言ったらオイラも同じようなもんか。自分を芸術品にしたいと考えるのは芸術家の性なのかね、おお怖い怖い。

「ちょっ…、怒んなって」

今にも飛びかかってきそうな眼はいつもの眠そうな旦那じゃない、明らかな殺気が籠っていて。流石のオイラも悔しいが旦那には敵わない。何度か意見の違いを理由に取っ組み合いの喧嘩はしたが、どれも惨敗、オイラのストレート負け。酷い時には猛毒まで出されて、痛い目にあったのを覚えてる。

「…旦那の芸術だって凄いとは思うぜ?でもさ…永久の美ってのはちょっと、な」

永久の美。そいつが旦那の語る美学だ。
オイラの芸術とは天と地の差があると言えよう。一瞬の美と永久の美。儚く散るからこその芸術だというのに、旦那は死の無い永久を選らんだらしい。全く、感性がとてもじゃないが理解できないな。

「――永久の美の何が気に食わないってんだお前は。後々まで残る最高の美だろ」

言うと同時に、メンテを控えて置いてあるヒルコの尾が鼻の先まで飛んで来た。先端からは毒々しい紫色の液体、旦那自慢の猛毒。あと数センチでその毒にやられていたかと思うと肝が縮む思いだ。

「そ、そいつはナシだぜ旦那、うん」
「…チッ……」

クイ、と中指を引きよせるように動かすと猛スピードで尾が戻って行く。相変わらず傀儡師ってのは凄いな、なんて思わず感心してしまった。あんな指一本で人を殺せるんだ。流石旦那、とでも言っておくか。
心底苛立ったような旦那にすぐさま謝罪を入れ、何とか機嫌を直す。オイラも人の事は決して言えないが、旦那は短気だ。

「はは…だってよ」

呟いて手元の起爆粘土を一つ、完成させる。小さな蠍の形をしたオイラの芸術だ。この形状は初めて作ってみたが中々イケる。流石オイラだな、うん。

「オイラは永久なんて信じてねーもん。いつかは何だって壊れる時が来る。旦那の傀儡も…どんなに性能が良くったって終わりが来るもんだ。…うん」

すっ、と立ち上がり先程完成させた起爆粘土を宙に放り投げて素早く印を組む。さっきまでしっかりと形を保っていたそれは一瞬の内に小さな爆発と共に朽ちてしまった。

結局此の世にある物全ては、所詮脆いモノだ。どんなに強固な物でもいつかはガタが来る。それが例え物であっても、人の感情でもあっても、さして変わらぬ事。絆など愛など…所詮は気休めでしかないのだ、とオイラは思っている。この忍という世界に生きている間はこの事実からは決して逃れられないのだろう。現に今もそれらの事で苦しんでいる者達がいるのもまた事実なのだ。

永久など馬鹿げた空想でしかない。無意識に愛を欲す、空想に囚われた哀れな旦那。

「…終わらねーよ」
「へへっ…そうだといいんだがな。…なぁ、旦那」
「…んだよ」

少し不貞腐れたような旦那のすぐ後ろに座りなおして、猫背になったその背中にこてんと身を預ける。普段なら重い邪魔だ等と言ってくるけれど、いつもと違う雰囲気に旦那も文句は言ってこない。
ぐ、とその華奢な体に力を掛ける。まるで離すものかとでも言うように。

「やっぱりその丸見えな核は良くないと思うぜ、うん」

へらり、と後ろを向いて笑って見せれば、面を食らったように一瞬だけ驚いたような顔をして、小さく「馬鹿が」と呟いたのが聞きとれた。

「…フン、これくらいがいーんだって」

全部隠しちまったらフェアじゃないだろ?なんて悪戯っぽく笑う旦那。
ああ、馬鹿。自信過剰すぎるのもどうかと思う。けれど今更何を言っても旦那はオイラの言う事なんて聞く気は無いのだろう。
せめてオイラに出来る事は、旦那の空想が空想のまま終わらないよう願う事ぐらい、か。

旦那の背中にかけたオイラの重みを受け取れ。そして思い知れ。
…それは旦那の事が心配で仕方がないオイラの精一杯の愛情表現だ。




(…そんな日が一生来ないでいればいい)

20110501

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