一回戦が終わってから、両チームは束の間の休息を取っていた。柵の周りで砂に絵を描きながら作戦会議をしていた薙と知子は、席を外していた武蔵が戻ってくると、同時に立ち上がる。 「武蔵、小次郎は?」 「医務室ですやすや〜とおねんねチュー。傷は火傷がちょっとあるけど大したことねーってさ」 「おねんね」の手振りをして余裕そうな態度に、二人してほっと息を吐いた。知子がにこにこと笑う。 「良かった〜。こーちゃんがんばってたもんね!」 「ああ。後で労ってやらねば。……武蔵」 「なにさ?」 「…………対人戦で傷付くのは当たり前だろう、そんなに相手を睨むな」 呆れ返った薙の言葉に、武蔵はぎくりと肩を跳ねさせた。フィールドの向こう側にいる相手からさっと顔を背けると、誤魔化すようにぴーぴーと口笛を吹く。 「あれれ〜?い、犬飼くんったらそんなに熱烈な視線送っちゃってました〜?」 「痛いくらいにな。見ろ、向こうはまだ一年目だ。震え上がってしまった」 先ほどの少年やのんびりした少女はともかく、今から戦うはずの二人はすっかり足が竦んでしまったようだった。薙はそっと向こう側に頭を下げる。 「……だって……」 「ん?」 「だって!だってぇ!犬飼悪くないもん!向こうが悪いんだもん!!小次郎は負け多いけどさあ気まで失ったの久しぶり過ぎだべ!?俺は悪くねえ!俺は悪くねー!」 「22にもなってぶりっ子は気持ち悪いぞ」 真顔ですっぱりと放たれた言葉に、武蔵は胸を痛めた。静かに涙を流し胸を抑える。 「うっ、ひどい……犬飼ピチピチの成人済み……」 「お前は次。今は見守っていろ。俺と知子がまずは一勝をもぎ取って来る」 「そーだよむっくん、ナギとチコが組めば最強だもん!」 ねー!と笑いかける知子に、薙は力強く頷いた。 「じゃあいってきまーす!」 「あーい……ひとりで応援寂しいなあ」 知子が元気よく振る手に振り返しながら、武蔵はぽつりと柵の外にひとり取り残され、背中を丸めるのだった。 一方で、戦闘の場に足を踏み入れたチームストロングの二回戦代表は、既に顔色は悪く、歩む足は震えていた。 「風魔……これは私ら、非常にまずいのでは?」 「まずいどころの騒ぎじゃないって!ああもう花ちゃんのバカ大バカ〜……本当どうしてくれるんだよ、向こう余計にやる気出しちゃって……」 「悪い!!まあ頑張れ!!!」 「そんなにあっさり言われても嬉しくも何ともないから!!」 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる横で、小雪はどこから取り出したのか、お子様ランチに立っていそうな旗をのんびり振っていた。秀吉からどこから取り出したのそれ、と案の定ツッコミが飛んだ。 いい加減話が進まず、審判の睨みを感じ、四人はフィールドの真ん中まで足を進めた。白線の前に並ぶ。 「対抗戦、チームヒーロー4vsチームストロング。第二回戦、風魔秀吉&鳥海立夏vs猿渡薙&雉間知子。試合開始!」 審判の声と共に、全員が白線から勢いよく飛び退いた。誰一人特攻がない様子に、薫が渋い顔をしているが、秀吉も立夏もアイコンタクトに忙しい。秀吉は懐から茶色の細長い棒を取り出した。 「チコ、手筈通りに。下がっていろ」 「うんっ」 薙は素早くしゃがむと、地に両手を付け、意識を集中させる。一瞬後にぐっと拳を握ると、歯を食いしばった。両腕を上げ、「ぶん投げる」。 「まずは……小手調べだ!」 「へ?」 「えっ」 立夏が背に蜂の羽を生やして飛び上がろうとした瞬間、頭上に何かの影がかかった。影は大きいが、見上げた空にあるものは小さく、多数のひとつひとつうごめいている。――その黒い雨を理解した時、二人は凄まじく青ざめた。 「ぎゃあああああああ!!?」 「うわあああああああああ!!??」 バケツをひっくり返すような雨の如く、一点に大量に降り注がれたのは、地中に軍をなして巣食う蟻だった。ロケットスタートで走り出した立夏と秀吉の前に、ぱっと知子が現れる。 「すきあーり!アリだけに!」 「んにゃっ!?」 「わわわ!」 知子の両腕が素早く太い鞭のような蔓に変化すると、二人の腰を巻き上げ数センチ持ち上げる。 「チコ、寒い」 薙は予想していたかのように既に走り出しており、秀吉に向かって脚を振り上げる。咄嗟に秀吉は右手に握っていた棒を上へと振るった。 「まっ、守れ!!」 ボゴ、と大地が砕かれるような音と共に、薙の視界が遮られる。脚は引っ込められ、薙は距離を取った。地面から取り外されたような岩の壁が目の前に浮いている。 「よぉし!良いぞ風魔ー!きゃー秀ちゃんかっこいいー!」 「ちょっとあのうるさい!黙って!そのまま潰す!」 秀吉は下へと素早く振り下ろす。浮遊する岩は知子の腕である蔓へ向かっている。薙は声を張り上げた。 「チコ!解け!」 「うっうん!」 知子は植物化を解き、巻き込まれないように飛び退く。開放された秀吉と立夏は一斉に行動を開始した。 立夏は空へ飛び上がり、黄色いクラッカーを用意する。秀吉は空いた手に水色の指揮棒を持った。 「天へ集まれ!」 指したその先から、黒いモヤのようなものがもくもくと集まっていく。薙は素早く秀吉へと走り出した。 「援護を頼む!」 「はーい!」 「させるか!」 秀吉は再び岩を動かすが、一瞬目の前を自らが動かす岩が通り過ぎた時、目の前に走っていた薙はいなくなっていた。 「えっ、き、消えた……?」 「秀ちゃんしゃがんで!」 薙は空へ高く飛び上がり、秀吉の背後へ着地をしようとしていた。空から見ていた立夏はクラッカーの紐を勢いよく引く。ぱあん!と強烈な破裂音が鳴り、圧縮された電気の塊が飛び出した。しかし薙へと届く直前、緑色の薄い壁が遮った。電気が弾ける。 「ちょ、ちょっとびりっとしたけど……植物は電気を通しにくいんだよっ」 腕を蔦に、手のひらを大きな葉に変えた知子は、右腕を高く伸ばして薙を守っていた。薙は静かに着地をすると、今しがた振り返った秀吉へ足を振り上げた。 「い!?いつの間ぶぐふっ!」 腹に綺麗に薙の長い足が入った秀吉は、勢いで背後にあった自分の岩へ全身をふつけ、力尽きたように倒れ込んだ。操っていた岩が砕け散る。 「……悪い、力を入れすぎた」 「ふ、風魔ー!死ぬなーー!!」 「し、しんで…………な…………い」 勝負あり、と審判が声を張り上げる。 昇天しかけながらも立夏に反論を試みる秀吉に、一年目のヒョロい感じにしてはタフなやつだと、薙は感心したのだった。 (第二回戦、勝者猿渡薙&雉間知子) |