犬飼兄弟 雪やこんこんだなんて言うけれど、どこがこんこんなのか。そりゃキツネだろう。で、犬は喜び庭駆け回り?それも嘘っぱちに決まっている。 「さぁ……っっぶうっ……っ!!」 アホみたいな寒さに身を縮ませる。セーター着込んで何でこんな寒いかね、アホか、アホなのか、風の子ってのはアホなのね把握。やべ、サングラス凍ってきたかも。一面銀世界なんて生易しいもんじゃない。吹雪で前が見えん。手袋した指先はとっくの昔にかじかんでいる。 「…………死ぬかな」 縁起でもないけれど、あっさり腑には落ちた。いや、氷像になるならちょっとポーズ付けたいな、こんなイケメンの氷像なんてきっと高く売れるべ?いくらぐらいかな……なんて、ものすごい現実逃避しながら、重い一歩をざくざくと踏み出していく。こーんな炎の能力なんて自然の前ではきっとカスみたいなもんだし、目の前燃えたってどうせ火事みたいになるだけだから、サングラスははずせない。 「なあんで、こんな力持っちまったかねえ……」 家を追い出されたのはつい数時間前。せめてもの情けにコートは貰ったけど、あとは一文なし。理由?寒けりゃひもじけりゃ燃やせば何とかなるらしいよ。なんつー理由だろう。溜め息をついても氷の粒になっておしまい。厄介者ですみませんでしたね、しか言えなかったなあ。 生まれ変わったら、そうだな。ヒーローにでもなろうかな。優しくてイケメンで器量の良い男前ヒーロー。マジ人気出ない要素がない。きらりと光るサングラスレッド、犬飼。よしこれで。 「……おん?」 かじかむ足に何かがかすって、ぱさりと舞った。サングラス越しの視界は見えにくいけど、何か、軽いもの。足元に、何かがまとまっているっぽい。……黒いような、茶のような、何かのまとまり。 で、ようやく理解。俺の足元には、羽のまとまりがあった。まとまりっつか、なんかこう、大量の羽が一ヶ所に重なり縦に長い楕円の形を作ってる。あまりにも不自然だから、脇に退けてみる。 「……ん、!?」 嫌に血色の悪い……肌、だ。あ、これもしかして、やばいパターンか。透き通った水色の髪は雪まみれ。羽がまとわりつく体にはコートの一枚もなく厚手の服だけ。あどけない顔で目を閉じている……けど、うん、これやばい。 「流石にまずいっしょ……っと」 いつのまにか、俺はその子を背中に乗せていた。効率悪くなるのは知ってる、けどねえ?来世ヒーローになる男が見捨てたら資格がなくなっちゃうよ。資格を取るなら正に今でしょ。 で、やっぱり正直者には女神も微笑むらしくて。 「お……」 まっすぐ進んだ先には、小屋。これはかつるとばかりに、足を早めて気持ち駆け込んだ。そりゃ、中はやっぱり寒いけど、いやはや暖炉があるなら話は別なんだよ。俺の得意分野。サングラスを外して、マッチでは燃えなさそうな木々に意識集中。 湿気った木でも、湿った木でも関係ない。俺の力は火を物にまとわりつかせること。燃えきったら終わりだから、むしろ濡れてる方が良いくらいだ。 水色の子からは微かに息づいた音が耳に入ってきたから、暖炉の側に寝かせてやる。なんていうか、むっちゃ頬ふにふにしたい。あどけない寝顔を見てると、俺までほっとしてきちゃう。つか眠い。いや寝たら死ぬぞ!のパターンだからこれは死亡フラグか。 「……起きてー……」 ふりふりと手を振ってみても無意味。……あの、流石にお兄さん、少し悲しくなってきちゃうんだけど。 「……武蔵お兄さんだよー」 教育テレビの真似事をしてみると、少しだけ身動いだ。これはもしや、生前(?)よくそれを見ていたタイプか。 丸々とした瞳が、ぱちりと開いた。髪の毛と同じ透き通ったそれは、まるで空のよう。サングラスを掛けていたら怖がられるかと思ったけど、瞳は純真を保っていた。俺がショタコンだったら、迷わず襲いかかってたくらいは、きょとーんとかわいい眼差し。いやあショタコンじゃなくてよかったべ。 「チュンチュン、おはよう水色少年」 「……おはよう、ございます」 口をすぼめて人差し指と親指をつまみ、鳥に見立てると、舌足らずな返答が返ってきた。思いの外礼儀がよろしい対応にますますぐっと来る。良かった……変態のおじさんに拾われなくて本当に……。 「チュンは通りすがりの犬飼。少年のお名前は?」 「たろう。桃園、たろ……あ……やっぱり、なんでもっ」 少年は口をぱっと隠すと、ふるふる首を横に振りながらあたふたと慌てる。ちょっと口から色んな物込み上げそうで俺も口を抑える。……このマイナスイオンオーラ、俺は……ヒーローになる前にご褒美をもらったらしい。 人知れずガッツポーズをすると、少年はしゅんと肩を落とした。おっと、喜んでる場合じゃないらしい。 「少年よ。悩み事でもあんのかい?独り身の犬飼に、ちっとだけでも話してみる気はない?」 「……お名前、忘れてくれま、すか?」 「へ?お名前?なんで?」 思わず聞き返すと、桃園太郎くんは顔を俯かせて、すっかり表現が見えなくなってしまった。それを見てピンと来る。謎は……多分、全て解けた。多分。 「あれれ〜?少年は、お名前がないの?不思議だねー。お父さんとお母さんは?」 少年は黙って首を振る。横に。……ああ、やっぱり。この子、俺と同じだわ。とすると、もしかして。 「ねえ少年。……アザってか、紋章みたいなの、ない?なんかこう、RPGに出てきそうなアレ」 「……紋章?……これ?です、か?」 少年は後ろ髪を退けて、とても良いうなじを見せてくれた。そこには、見覚えのある紋章がくっきりと。水色と白のコントラストっつー事は、人によって色が違うのかね。 俺はコートと下の服を捲って、肘を見せる。赤一色の俺の紋章、刮目せよ。……なんか二色とかある辺り、少年のがすごそうだけど、そこはつっこんではいけない。 「おな……じ?」 「そ。犬飼と少年は同じ、お揃い、一緒。だからさ……少年。俺の弟になっちゃったりする気は、ないスか?」 「!」 ばっと少年の顔が、俺の方に向けられる。驚きと感動と期待の眼差しに、なんかくすぐったくなる。やっぱ俺、人に感謝とかされ慣れてないからか。いやほんと、かゆい。 「あ、もちろん少年が嫌だったらいいんよ?急に言われても困るって思うだろ」 うし、と続ける前に、少年の目が変化した。ちょ、ここで切るとかうしを鶏に変えるとかそんなことを期待されているとしか思えん……とか、思ってる場合ではない。ほろほろとこぼれだした涙への対応は一つしかない。 「ん、泣きたいなら泣きなさい。犬飼は悲し涙はアレだけど、嬉し涙は好きよ?」 「……ご……ごめん、なさい」 「いやいや、今の聞いて謝るかね?普通。そーゆー時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうのが、犬飼は嬉しい」 「あり……がと、う。ございます」 とりあえず、少年の頭を柔く柔く撫でながら、俺は泣き止むのを待った。しかし犬飼のイケメン臭よりも、少年のふわふわした笑顔の方が、威力は三倍くらいあった。世の中は卑怯だ。 「犬飼小次郎ってのは、どーよ?」 「いぬかい、こじろう」 泣き腫らした赤い目元を拭いながら、俺は提案してみた。純粋に反芻する少年はやはり、俺の心を掴んでは離さない存在になってきた。これもこう、運命ってやつだったりするのかね。 「奇しくも犬飼の名前は武蔵。武蔵と小次郎って言えば、強い剣士同士の名ライバルだべ?」 「らいばる」 「小次郎はいないとか言われてるけど、なんかその辺も、合ってるっちゃ合ってるし。犬飼小次郎、気に入った?」 「……俺、は、」 食い入るような視線が、ふにゃりと細まる。ここまで素直に表情から感情が伝わると、本当になんつーか、色々なところ擽られる。 「お兄さま、から貰った……お名前……なら、何でも嬉しい、です」 「お兄……さま?」 エマージェンシーエマージェンシー、やばいっス犬飼、ちょっと新たな扉が今こじ開けられようとしている。新しい世界がすぐそこに広がろうとしている。むっちゃ嬉しげにふわんふわんに微笑まれながらお兄さまて。寒さでイカれた頭が幻覚見させてると思えてきたわ。 「お兄さま?」 「アッはい、ごめんちょっとそこの扉が……」 「扉、が、どうかしました、か?」 「ごめんほんとに何でもない汚れた俺が悪かった今のはマジ忘れて扉なんて最初からなかったんだピュアには見えない扉なんてなかったんだ」 未だにがたがたと吹雪に揺れる扉へと目線を移す小次郎に、俺はもう涙を禁じ得なかった。 この子のマイナスイオンだけは汚しはしないと、この時俺は誓った。誰にとかは訊いてはいけない。 「……もちっと、火、かさ増し出来ないかなー」 「かさ、まし。ですか?」 「ん。その通りじゃ。小次郎も安心して寝たいっしょ?もう少しだけ燃料増やせばなんとかなる気がするんだよね」 パチパチと音を立てて燃えるオレンジ色の炎は、俺にしか分からないくらいの程度だけど弱まっている。いくら湿気っていてもやっぱり木は木、燃えてしまう他ない。 すると、小次郎が神妙な顔で、暖炉の前に立った。 「……おーい、小次郎?火の前になんか立つと熱いスよ?」 「お、俺、燃料……増やせ、ます」 言うが早いか、小次郎は火の真上に手をかざした。素早く動かすと、ばさりと何か羽ばたくような音が…… 「え、なにこれすごい」 いつのまにか、暖炉には鷹の羽がこんもりと積まれていた。なにこれすごい。木々から羽へと次々に炎が燃え移る。かじかむ手が、少しずつ少しずつ溶けていく感覚。 「お……お兄さま」 「んへ?」 感動していたら、コートの袖がくいくいと引っ張られた。まったくやめてくれないスかねそういうことするとかわいいから。そんな小次郎の顔は眉が下がって不安そう。……ほーん、成る程なるほど。理解した。 「小次郎超っっ……いい子。お兄様がハグしちゃろう。あ、だっこがいい?」 「…………だっこ」 「うっし、任せなさい。これでも村一番のハグ上手と言われた犬飼よ?」 ひょいと持ち上げた小次郎は軽い。ちゃんとご飯食べてる?って、訊くまでもない。若干骨が浮いてるもんねえ。 「やーねぇまったく、こんないい子をほったらかしで。世の中は理不尽クンだわ。…………犬飼のお役に立ってくれて、あんがとね」 小次郎は甘えるように腕を回してきた。ぽんぽんと、柔く何度も、背中を叩く。しゃくりあげるのは見てみぬフリってもんでしょう。てか、別に紋章持ってても優しい親がいる子どもはたくさんいるだろうにな。 「俺さ、討伐団に行く予定なの。養成所ってーの?そういうとこがあって……小次郎と一緒なら、行ける気がするんだけど。どうする?」 小次郎は僅かに頷いた。ん、決まりっスね。 吹雪が止み、朝を迎えてからは、早かった。てか、割りと船まで近かったらしい。勿論乗船券なんてないので忍び込む。この時の俺は多分10年ぶんくらい走って疲れたと思う。 *** 「はい、んじゃー自己紹介といきましょっか?」 「はーい!」 休憩室の丸いテーブルを囲みつつ、ぱんぱん、と手を叩いたら、ノリ良くちっちゃい女の子が手を上げた。おお、いい子がいるじゃないの。歳は小次郎と同じくらいかね? 「俺、通りすがりの犬飼。……じゃ、小次郎と被るか、犬飼武蔵。こっちは小次郎」 小次郎はむろん、ぷるぷると震えながら俺の後ろに隠れている。超かわいい。 で、ちっちゃい子の自己紹介かと思ったら、その隣に立っている大きな美人さんが一歩踏み出した。 「私は猿渡誠。こっちは雉間知子。……まだ小さいが悪い子供ではない。よろしく」 「うい、把握。でもこっちのが多分まじいい子だからその辺ヨロシクー」 でれでれと小次郎自慢をすると絶対零度もびっくりの冷ややかな視線を食らった。犬飼泣いちゃう。 とか思ってたら、ぬっと栗色。 「誠ー、この黒いのなーに?」 「サングラス」 「ちょ、ダメダメダメダメサングラスはダメ犬飼ほら生粋の恥ずかしがりやさんだからサングラスの黒いのないと人と目合わせられないからっ!!」 思いっきり体を反らしてなんとかサングラスに伸びた雉間の腕をかわす。あっぶねぇ……!外したら燃えるところだったわ油断も隙もありゃしねぇ。 「あやしい……」 「はーい犬飼の怪しいお楽しみは後にしてチーム名決めるべチーム名!!!」 もう一度気を取り直すために手を叩くと、猿渡の視線が更にじとっとした物に変わった。……これは、猿渡には本当のことを話しておかねばならぬかも。……ミステリアスな男犬飼、なんてのを狙っていたのに。 「犬飼チームヒーローがいいー。異論ある人ー?」 「ああ、もう決まっているのか」 「誠、いろんって?」 「あーはいはい、異論っていうのは……」 猿渡が雉間にお優しい指導をしている間に、くるりと首だけ後ろを振り向かせる。猿渡をまだ怖がっているのか、小次郎は腰を低くして座っている俺を見上げている。さわさわと水色の髪を撫でると、緊張した表情が少しだけ和らぐ。うーん落ち着く……。 「小次郎、ど?チームヒーロー」 「お、俺、とても素敵……だと、思います。お兄さま、俺、ヒーローさん……だと、思います、し」 ふわふわと、小次郎が笑む。多分普通の時だったら俺もつられてただろうけど、今だけは、無表情。 「……はい、犬飼が犬飼に異論申し立てまーす。ヒーローじゃなくてヒーロー4が良いと思います」 「変わらないぞ」 「変わりますーチョー変わりますースライムと魔王くらいの実力差ありますー。ね?小次郎」 「えっ?」 猿渡からの冷めた眼差しはもう慣れたものとして、小次郎も小次郎できょとんとしている。まったく仕方がないなあ。 「もうっ何で誰も分かってくれないの!?ちょっと犬子ショック!!泣いちゃう!!」 「早く話せ」 「うい」 せっかく奥歯に噛む用のハンカチまで用意したのに猿渡ったらボケ殺しなんだから。いやまあ雉間みたいに未知の物を見る目で見られるのが一番やなんだけどさ。 「ん、だからさ、一人でいるより二人って言うじゃん?少なくとも俺は、この四人で討伐団まとまって入りたいなーと思う。し、ヒーローにしちゃうと、自分以外のみんなが特別って劣等感感じる子もいるわけよ。だからヒーロー4。みんなで頑張りましょ?ってこと。ここにいる奴らはみんな紋章持ってて、結構それだけでもヒーローになる資格あると思うよ?犬飼は」 勿論最後のは小次郎に言った言葉だ。猿渡はきょとんとしていたけど、雉間はうんうん頷いてくれた。あー、いいねえ、ちゃんと話が分かってくれるってのは。 猿渡へと視線を移す。丸くなっていた目はようやく普通に戻った。 「猿渡は?」 「チーム名だろう?拘る理由もない」 「小次郎は?」 首を傾げて問うと、ゆっくりと頷いてくれた。 「じゃ、俺達今からヒーロー4で。よろしくッス」 割りと思ってたよりはあっさりとした初対面だったけど、まあ揉めるよりかは全然良いかと。 てか……小次郎、忘れないで欲しいなあ。 「小次郎も、人のお役にたくさん立とうな?」 「はっ……はい」 来世グラサンレッドになる予定だった俺を今ヒーローにさせようって思わせたのは、紛れもない小次郎なんですけど。生きる気力を与えたって意味では、俺にとって小次郎は十分ヒーローさんですよ。 ……というのを数年後に話したけれど、全身全霊で否定されたのは、また別のお話だ。 |