トリノコテーゼ(水×木)

今夜は星が降る夜らしい。流星のように星星星星と降って降って降って降って、世界が穴ぼこになってしまって俺と俺の大切な人以外いなくなればいいと昔は祈っていた。しかし俺の大切な人なんていなかったから、結局は俺だけになってしまう。その事実に心がぐらぐら揺れて命と天秤に測られたように、ミキサーで粉々で混ぜられたように心臓なんて世界から消え失せていた。もしも心臓のない人間がひとりの心を好きになってしまったら。
同じようにそいつの心を粉々にするしかない。そうだろう。
俺は人間失格なのだ。元から失格なのだ。世界の失敗作であり生きている価値は微塵にもない。口から二酸化炭素を孕む事にさえもおこがましい。
視界と頭と吐息が乱れる。くっと手をかけた喉は確かな喉仏と命の感触があった。心がばきばきと音を立てて砕かれる。今すぐにでも押し潰してやりたい。はやく捕らえてはやく、はやく心を潰して俺だけの、俺だけの俺だけの物にはやくはやく、俺のうでよ指先よ。

「牧里」

死にかけている根室は笑っていた。穏やかに死人のように目を瞑っていたし意外と肌は白くて星に照らされて、おとぎ話のようで、今の根室は現実味がほとほとない。人形のような根室の唯一の「生」は、指先から伝わる鼓動ただひとつだった。尻に敷いている腹の筋肉は何も抵抗がないし、申し訳ない程度に酸素を求めて動くだけ。
力を込めたらひくんと喉が動いた。口が半開きで止まって、ひゅうひゅうと小さな風が往き来している。か細い息。
死ぬなら俺の息で息耐えろと、根室の口に俺の吐いた息を吹き込むと、根室は首元に腕を回してきた。

このまま牢屋や監獄にそのまま閉じ込められたらどれだけ良かったか。しかし世の中は俺達に対して何一つとして優しさを見せないのだ。不寛容な人間がはびこる社会は非常に残酷で冷たい。それはじょじょに暖をなくしていく根室の体のように。
この世に希望があるというなら、それを示してみろ根室。俺が弱音を言うたびに、お前はいつも気持ち悪く前向きな事ばかりを言う。希望だの光だのそれが何だと言うんだ。俺は失敗作なんだ。失敗作であり最低だと罵られ孤独にすら取り残されて、永遠に世間の縁をなぞっていく立場なんだ。だから心臓だってどこかに置いて無くしてしまったというのに。

ぐぐぐ、と根室が俺を絞める力が強くなってきた。そうかそんなに息を吸いたいのか。俺はお前の息を吸ってお前は俺の息を吸ってそれで腹いっぱいに満たされて満足に死ねるんだな。二人きりで死んでそして今度は成功する人間として生まれ変わろうじゃないか、なあ根室。

「なくな」

空気が


震えた。
俺の
鼓膜も、震えた。

「まきさと」

ふる、ふると、ゆさぶ、った。

ぴしゃん。ひとつの雫が弾けて、いくつもの水滴となって、床に消えていく。根室の頬に落ちるものは間違いなく、塩を含んだかなしみの塊だ。
頬に添えられた手はおおきく冷たい。無機質なように思えて、そこには確かなものがあった。空気に溶けた涙も声も俺の脳を揺さぶって、世界がぐるりと回った。さかさまな世界がみせたものはひとりで取り残された小さな子供だった気がする。反転してちらちらとちらつく視界が見せに来たのは、根室の青い顔だった。青白い幽霊みたいな顔でも、くしゃんと子供のように綻ばせるのは、

「ほらな、」


「あっただろう。ひかりは」


果たしてそれは、そのこたえは、
お前の言う、「希望」なのか。

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