強さとは(武田)

『つまらない』
『もう出ないでよ』

一斉に受けるみんなからの視線。思いきり投げて思いきり打って、ただ――ぼくは楽しみたかっただけなのに。ボールを打てるのがワクワクした。三振取れたら嬉しかった。その喜びが大好きで、野球が大好きになった。
みんなも最初は喜んでくれた。それが、いつからだろうか、みんなにボールが回らなくなって、つまらなそうな顔をして、怖い顔をするようになったのは……。

『緋炎が出ると絶対負ける』
『なんもやらないからつまんない!』

野球が大好きだ。だから頑張った。だから頑張れた。強くなるのは駄目なのか?強くなるのはみんなをつまんなくするのか?ぼくはもういらないのか?みんなより打てるようになったのに?みんなより投げるのが速いのに?
ぼくが――おれがしてきた事はなんだったんだ?休み時間がある度にバットを振っていたのは、豆が潰れるまでボールを投げたのは、おれがやってきたことは……。

『ほむらちゃん、おれって駄目なやつ?』
『なんで?』
『がんばってもがんばってもがんばってもがんばっても、試合に出れないんだ』
『あ、わたしといっしょ。わたしも駄目って言われる!強すぎだから反則って』
『……ほむらちゃん、おれ……野球したいよ……』
『わたしもしたいよ。シュート打たないバスケなんてつまんない』
『ゆっくり投げてって監督に言われるけどそんなのやだ。思いきり投げたいよお……』
『……がんばるのって駄目なのかなあ』

『お前達、こんなとこで何してるんだ?』
『あっ!!』
『先生!!ごめんなさいっちゃんとやります!』
『いいから話してみろ。何があったんだ?』


「せん、…………」

一瞬にして、道場から寮に視界が移り変わった。暖かな木目の天井を見て、少しほっとした。緊張していた筋肉が解れるのを感じる。リアルな夢だった。というより、昔の夢だった。俺の中で多分一番苦しかった時。
――一時期。強くなる事を怖れそうになったのを思い出した。バットを握るのも嫌になったあの時は、思い出すだけで嫌になって、黒い何かがモヤモヤする。みんなからの痛い視線、縮こまる体。渦巻く不安と虚無感。けれど、先生のあの笑顔が浮かぶと、そのモヤモヤが軽くなった。
高等部に入ってから、会わなくなってしまったな。空手続けたいって言ったのに。ベットから起き上がると、今日は休日だったのをぼんやりと思い出してもう一度ぬくぬくと寝そべった。自主練予定の時間まではまだ時間がある。

(先生……)

先生は、空手道場の先生であると同時に、俺の人生を変えてくれた先生でもある。あの人がいなかったらきっと俺はあの夢の時点で野球をやめていたし、高等部で野球部作ろうとなんて思わなかった。いとこのほむらちゃんも懐かしい。希望光に入ったという話だけどすぐにアメリカに行ったんだっけか。何してるんだろう。

「会いたいな……」

切実な願いは部屋の空気に溶けて消えた。ほむらちゃんにも、先生にも会いたい。会いたい。夏休みに会えたら会いに行こう。


そう……確か、先生の教えを、あれから俺とほむらちゃんは食い入るように聞いた。

『諦めるのか?』

親身になって聞いてくれた先生の第一声がそれで、俺とほむらちゃんは顔を見合わせた。諦めているつもりなんて、俺達には毛ほどもなかったから。ただ周りに押さえつけられているだけだと思っていたから。
いつもにこにこ笑ってる先生がその時はすごく真剣な顔をしてて、怖かったのを覚えてる。胴着を着るとただでさえ先生は大きく見えるんだから。

『お前達は周りのせいにして、好きなものから目を反らして……向き合う事を諦めるのか?』
『だ、だってせんせい』
『確かに周りも悪いかもしれない。けどお前達は、それで良いのか?今まで頑張ってきたんだろ?今までずっと強くなろうとしていたんだろ?その努力が本物なら、無駄にしたくはないはずだ。本当に本当にお前達がそれを好きなら手離したくないはずだ。……好きか?野球とバスケ』

俺とほむらちゃんは同時に頷いたと思う。頭に乗せられた先生の手は、不思議な熱を帯びていた。波打っていた心がすっと穏やかになる感じ。先生の手は魔法みたいだと、よくほむらちゃんと言っていたな。

『いいか?好きって気持ちには正直でいろ。それに嘘をついたら、嫌いな物にも、もう全部に嘘をつくようになる。強くなる事を怖れるな。強さはお前達の好きが詰まった結果だ。好きな気持ちが本物なら胸を張れ。絶対にその強さが認められて褒められる時が来る。……例え化け物って言われたって縛られるな。強くなる事を止める権利なんて誰にもないんだ、覚えておけ』
『……おれ……野球頑張っていいのか?』
『シュート練習いっぱいしていいの!?』
『勿論!もし誰にも認められないなら俺のとこに来い。お前達の頑張り、絶対俺が受け止めてやるからな』

先生の言葉に嘘はないと思った。引き寄せられて二人とも先生に抱き締められた時、先生の腕は力強くて、子供ながらに、俺は先生の瞳が澄んでいるのを見た。綺麗できらきらしてて、俺はその時からずっと、先生のような人になりたいと思って生きている。力強くて堂々としてて、嘘つきじゃ到底表現できない綺麗な瞳。偽りなく誤魔化しなくぶつかっていけるような、そんな人に。

今の俺は周りからどう見られているのか分からない。けれど、けれどもだ。俺はまだ正直に生きられている気がする。野球部を創立したのも、野球好きなの偽って他の部活入りたくなかったから。どんなに苦労したっていい覚悟は出来ていた。だって野球が大好きだから。上杉には化け物化け物言われるけど、それだけ成長出来た証だと思ってるし。野球にだけは、ちゃんと向き合っていたい。どんなに厳しくとも、好きな気持ちだけは揺るがない。今までそうだったんだ、これからも変わらない。

先生。先生に会えたら、話したい事いっぱいあるんです。まずは野球部創立、将来有望な後輩に頼りになる先輩。勉強はちょっと駄目だけど、でも先生の言った通り、頑張りの結果が認められ始めているような気がするんです。まだ部員足りないけどすごく楽しくて。
先生、今の俺を先生はどう評価しますか?もっと勉強しろとか言いますか、それともお前らしいと笑うのでしょうか。けれどもきっと、まずは暖かく迎えてくれるのでしょうね。

夏休み、何かお土産持っていきますから待っててください。
目標は甲子園優勝という名の抱えきれないくらい大きな土産品ですけど。

「……あ」

ちかっと、なにかが目の前をちらついた。体をベットに預けたまま寝ぼけて回転率の悪い頭で考えて、その正体が分かった時、俺は咄嗟に目覚まし時計を取った。短針がいつの間にか六を過ぎている。
――しまった。 自主練が。

「おばさん!!メシ出来てますか!?」

あれから体もでかくなって食べる量も増えて。先生に薦められた寮にも入って生活までもががらりと変わった。高等部に入って一年、少しだけ制服もくたびれてきた。部を作るために走り回ったから。
それもこれも全部、俺が成長した証。そう俺は信じてる。俺の強さ、俺だけの強さっていうのは、まだ実体がなくて掴んでは消える煙みたいだけど、先生は俺が俺を分からなくても認めてくれるから、俺は安心して進んでいられる。

(先生、見ててください)

澄んだ朝の空気を切って走る。自分を高めるために、自分を成長させるために。俺の強さを求めて。
バットを握れなくなったあの時の俺。今の俺は、野球部を興味のない後輩にまで広げようとしているんだぞ。安心してボールを投げろ、安心してバットを振れ!どんなに傷つけられようとも、先生だけはボールが速くなったこと、振るのが力強くなったこと、ちゃんと分かってくれるから。空手の稽古の合間にだぞ?先生も疲れてるはずなのに。
前を向け、俺。先生のようになるために。あの背中を一番見ていたのは俺のはずだろう。もう、何も怖れるな。頑張りは力になるから。強さを止められる人間なんていないのだから。
背後で、先生が微笑みながらこちらを見ているような気がした。

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