アイ・memory(徳川→武田)

子供のような瞳だった。今まで出会ってきた男の目は少なからず「濁り」があった。それはきっと欲望とかエゴとか、人間の汚いところが宿った証なんだろうと思っていて、鏡越しに覗いてみたあたしの目だってそうだった。同年代の人々は大抵そう。みんな欲望に生きているし、むしろそうやってかなきゃとても生きていけないと思っていたのに。

「なあお前ら。女にそんな事して楽しいのか?」

綺麗な瞳だった。夜の澄み渡った星空のようだった。意思のある強い瞳は意思の弱い動揺した男達を貫く。掴まれていた手首が離される。同時に肩に手を置かれた。大丈夫とでも言うように二回叩かれて、ずいっと前に出る。堂々としていた。体に一本、太い針金が通ったみたいで。思わず見とれた。
彼氏との待ち合わせに遅刻しそうになったから、近道である人気のない裏道を通ったあたしも悪い。おかげでこうして絡まれたのに、というかこういう裏道って悪い奴等の溜まり場的イメージがあったのに、こんな人間がいるだなんて万にひとつの可能性どころか億にひとつの可能性。確か今日の星座占い、最下位だったはずじゃなかったっけ。

「つえー奴と勝負するならともかくさ。女いじめて何が楽しいんだ?あとここ、俺の秘密の練習場所なんだけど」

顔を少し横に逸らした。目線を合わせると、野球のバットが立て掛けてあった。三人いた男が顔を合わせる中、直立していたその人は腕を組んだ。

「帰れ。つまんねー事して、邪魔だ」
「はあ!?」
「話し合いしてる段階のうちに帰れって言ってんだ。怪我したくねーだろ、お互いに」

ぎくりと相手の顔が強ばる。どいつもこいつも根性なし。――それに比べて、目の前の人は何も変わらない。こんな人は、世界中で見ても一体何人存在するだろう。自分より一見喧嘩慣れしてそうで、人数的にも不利なのに、怖じ気付かないどころか落ち着いて追い払おうとするなんて。

今まで、何人もの男と付き合ってきた。どいつも単純で気弱でつまらなくて、早い時は三日で別れた。今の彼氏だってそう。それはもう弱くて弱くて頼りない。年上だったからおねだりして色んな物買ってもらうだけ。
それをあの人に出来るかと訊かれたら、多分答えはノーだ。理由は分からなかったけど。

「てめっ……!」
「ん?やるか?」
「覚えとけよ!!!」

足が震えつつ一人が逃げ出すと、後のふたりも逃げ出した。それを茫然として見ていると、また星空の色をした瞳に見つめられた。その眉は僅かに潜められて心臓が跳ねる。

「お前もお前だ。こんないかにもあーいう訳分かんねー奴等がいるような場所、通ってくんじゃねーぞ」
「あ、は、は……い」
「ん、よし。じゃあお疲れ。これ餞別だ、手出せ」

緊張が解けた柔らかい微笑みと共に差し出されたのは握り拳。おそるおそる両手を出すと、ころりと何かが転がった。白いビニールにいちごの絵が描いてある包み紙。はしっこがねじれて丸を形作ってるのは、中身が飴である証。

「甘いもん食べたら疲れとれるし、女ってこういうの好きだろ?じゃあな、気を付けてけよ」

バットを担いで、手を振りもしないで彼はすたすたと歩き出した。太陽の下に出るのを見送れば、待ち合わせの事を思い出して、イチゴミルク味の飴を握りしめて急ぎ足で歩を進める。秘密の場所ではなかったかと疑問に思ったが、後日彼が小学生達に野球を教えているのを偶然見て、あれはあたしを助けるはったりだったのだと知った。それを知った時、胸が苦しくなったものだ。
まだ、心臓がどきどきしてる。ばくばくしてる。バットに書いてあった武田の文字と、手の中にある飴が思考を占めていた。一人の男の佇まいと言動と笑顔のことをこんなにも考えて、こんなにもおかしくなりそうになるなんて。
これは何?こんなの知らない!

「あ、桃美ちゃん!遅かったね」
「…………ねえ、話があるの」

絶望に染まる泥水のような目はもううんざりだった。
小さい頃、田舎のおじいちゃんの家で見上げた星空。星が瞬く様も、吸い込まれるような闇も、全てが魅力的だった。あの目はそんな色をしていた。手を伸ばして、必死に掴みたいような、それでいて届かないような広く深い瞳。

彼氏とは別れて、今のあたしはそれをひたすら追いかけている。
でも、その瞳はあたしを映すどころか野球ボールばかり映して。

「……誰だっけ」

高校で再会した時、首を傾げながら言われたあのショックは一生忘れないだろう。飴の包み紙、持って行けば良かった。今は洗ってこっそり財布に潜ませてあるなんて言えないけど。

「なんか顔に付いてるか?」
「お前体触るの好きだな」
「徳川、胸見えてんぞ。しまっとけ」

更にアプローチが通用しない。気が重い。三つ目に関して言えばわざとだし、普通あっさりと言ってこないっての!人が必死になってるのに、そっちはけろっとした顔で。

「徳川、無茶はするな。お前が頑張ってんの俺知ってるから、心配するだろ」

人の心を惑わす言葉を巧みに操ってみせる。
澄んだ声も言葉も、全部が反則だ。
男は女の魅力に惑わされて、女は男の心を奪う生き物とばかり思っていたのに。いつの間にかこっちが心を奪われるなんて。
この思いを伝えられる日が来るか否か。
ああもう、アタックを恐れるなんてらしくない。これも全部武田緋炎のせい。

そしてその光輝く笑顔と勇姿に、今日も明日も明後日も、彼がそこにいる限り惹き付けられる。

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