ぼーいずとーく(男性陣)

「ねね、皆さん好みの女子とかいなかったりしねぇ?」

ハードな練習で体中悲鳴を上げているはずなのに、泥だらけなユニフォームを脱ぎながら上杉が言った。仮にも彼らは男子高校生真っ只中。異性に興味がないはずがない。野球部メンバーに滅多にいるはずのない例外がいるとは思えない。上杉の目は興味津々と言わんばかりに輝いている。
が、予想に反して部室の反応は冷え冷えとしていた。

「何下らねぇ事言ってんだお前は」
「ああそうだ。とっとと着替ちまえよ、風邪引くぞ」
「興味がない」
「好み、女子……って何だ?」

呆れながら何事もなかったように着替えを続行する伊達と本多、予想が当たっていたと言えば当たっていたがやはり現実に言われると心臓にずんと来る回答の毛利と武田。前者は照れ隠しの可能性があるが、後者は確実に本音だ。上杉の心臓に大きなおもりが乗っかった。ああ、気が重い。この二人は本当に今この時代を生きているんだろうか。

「武田、オメー本当に分からねぇのかよ?」
「初めて聞きました。何の用語っすか?」
「用語とかじゃなくて一般常識だ。好みの女子ってのは、つまりどういうのが好きな女子かって事だ」

颯爽と着替え終わった本多が、部室の隅に佇むホワイトボードを連れてきた。流石忠司さん!と思いも寄らぬ救世主に手を叩いていた上杉だが、武田主将の一喝により慌てて着替えを再開する。その間に、本多はマジックの蓋を開けてその白い板に円を描いて、その裏で円の中をコンコンと叩いた。

「この世に存在する人間には、必ずと言って良い程ストライクゾーンなる物が存在してやがる」
「野球か!!」
「違ぇ!!!とにかく話を聞け野球バカ!!!……はあ……いいか」

腕捲りまでして気合いを入れた武田に出鼻を挫かれ、本多は深く溜め息をついた。そうしてるうちにも伊達と毛利の着替えが終わったらしく、いつのまにか武田と同じくホワイトボード手前のベンチに座っていた。毛利は品良く、伊達は足と腕を組んで。性格がはっきり現れる。上杉はまだもたもたしていた。

「その種類は人によって異なる。普通ならそうだな……優しいだの家庭的だの胸がでけぇだの……そんな風だな」
「へえ、本多はそんな女が好きなのか」
「ああ゛?」

にやりと偉そうに座る伊達が口元を歪めれば、本多の声が低くなりギロリと鋭く睨み付ける。

「普通ならっつったろがウゼーヤ」
「ウゼーヤ言うな!!」
「伊達、座れ。話の途中だ」

不名誉なあだ名を言われて伊達が立ち上がろうとするのを冷静に毛利が宥めた。やはりこいつは猛獣使いかと本多が関心していると、ホワイトボードを穴が空くほど見つめる武田が眉を潜めた。

「そのストライクゾーン?に入ったら?」
「だから好きになんだよ。あーこいつと付き合いてぇとか手出してぇとか思うようになるんじゃねぇの」
「分っかんねー……。二人は分かるか?」
「ほとんどは。だが、実際に体験した事はないために正確な理解は出来ない」
「ハッ、だからお前らはおこちゃまなんだよ」

毛利はやはり表情をぴくりとも変えずホワイトボードを見つめ、伊達はやれやれと余裕寂々な笑みで目を瞑る。年下におこちゃま呼ばわりされた武田はむっと口をへの字に曲げるが、その瞬間肩と背中にずしりと重みが。

「なになに〜!?なーんの話してんのー?」
「うわっ上杉!乗っかんな、重い!」

体を預けて顔を出す上杉に、後輩の下じきという屈辱を味わう武田は不機嫌に怒鳴り付ける。必死に体をよじってぺしりと頭を叩けば容易く退いた。

「まあ率直に言っちまうと、オメー女を好きになった事あるか?」
「へ?そりゃーあるに決まっ……ああ……」

本多の問いにあっさり頷きかけたところで、上杉はベンチに座る三人を見下ろした。異性に恋する、だなんてまるでお笑い草な三人。愛だの恋だのの経験は幼稚園児にも劣りそうだった。同級生二人と先輩一人を生暖かい目で見ていると、伊達がきっと睨み付けた。

「おい、なんだその顔は。言っとくけど俺はあるからな、勘違いすんじゃねぇぞ」
「えっ初耳なんだけど!ねぇ誰誰!?いつ!?」

ずいっと間近にまで上杉の顔が伊達に近付く。あまりの近さに伊達が本気で脳天に拳を落とせば、上杉は泣き言を言いながら渋々引いた。ハンと一瞥してから伊達は語り始める。

「最初は恋だなんて認めたくはなかったがな。友人がいなかった俺に差し伸べられた手、俺ほどじゃねぇが美しい顔立ち、女神のような笑顔……薔薇の花束を送ったもんだ」

したり顔でゆっくりゆっくりと語る伊達に、いつの間にか伊達を囲むようにして座る四人−一人からおおーっと歓声が上がる。本多は内心すごくうざいと思いながら拳を握り締めて耐えた。

「ある日、俺は意を決して告白した。が……あっさりと、断られた。婚約者がいる、ってな……。あれからもう何年も経った。けどな、俺の胸の中にあの恋は残ってんだ……これからもな」
「何年も、って、そんなに昔なんか?」
「かれこれ11年だ」

武田の何気ない質問に答えた刹那、周囲の空気が凍った。暖まっていた空気が氷河期化して武田がきょろりと辺りを見渡す中、三方向からの氷の瞳が伊達を見つめた。

「あー……こりゃあ……」
「いや、予感しなかったって言ったら嘘になるけど〜……それにしたって、ねぇ?」
「伊達……」
「お前らなんだその目は!!毛利!お前までそんな目で見てんじゃねぇっ!!」

いつもは無表情を貫く毛利からの哀れみの視線が一番動揺したらしく(それでも、全くの他人からはほんの僅かな変化にしか思えない程の違いだったが)、かっとして隣に座っていたその人に噛みつく。
更にその横では、始終悩ましげな武田が上杉の肩を叩いていた。

「上杉。今の、何かおかしかったか?」
「あ〜……緋炎さんはね、もうそれ貫いて。うん。一番いい」
「同感だ。こいつは野球部主将で野球バカが一番似合う」
「? 意味分かんねー」

いくら説明しても理解する兆しすら見せないだろう主将に、上杉と本多は同時に納得させるように頷いた。しかしこのまま終わるのは惜しいと思ったのか、上杉があまいとでも言うようにちっちっちと人指し指を振った。

「で・も!緋炎さんせーっかく男前なんだから、これからちょっくらお洒落しに行きましょーよ!」
「オウ、面白そうじゃねぇか。俺も見学させてもらうぜ?」

帰って寝ようと思っていた武田には思いも寄らなかった提案。きょとんとしていた表情がみるみる不快感を表していく。

「は?嫌だ!なんで俺が」
「まあまあ!緋炎さんが大好きなベリーズキッスの牛乳アイス、おごりますから!」
「、…………」
「決まりだな。おら行くぞ!」

ぶらさがったエサに引っ掛かりたちまち黙りきってしまった武田の腕を、力強くがっしりと本多が掴む。その悪魔のような笑みといい、まるで地獄に引き摺り込む門番だった。それを目の前にして、引き連れていかれる武田が平然と口を開いた。

「分かったから離してください、そんな逃げたりしねーっすから。上杉みたいに」
「緋炎さん一言余計!!!」
「まあ武田が言うんなら嘘じゃねぇだろ。おい!オメーらは行かねぇのか!?」

呼び掛けたのは未だににらみ合いを続ける伊達と毛利。一気に緊張が解かれた二人は気の抜けた顔(と言ってもやはり毛利は僅かな違いだが)を三人に向ける。いち早く反応したのは、にやりと口元を吊り上げた伊達だった。

「行くぜ、俺も毛利も」
「なっ、」
「さっきの仕返しだ」

ふんとそっぽを向きながら伊達が立ち上がる。それを見た毛利は小さく息を吐いた。

「……仕方ない」

僅かに、唇にくすりと笑みが作られる。そうしてまた、四人がいる輪に歩き出した。

「結局五人で行くのかよ……」
「人数多い方が楽しいしいーじゃないっすか忠司さん!緋炎さんどんな感じにしよっかな〜」
「おい上杉!あんま、こうギラギラした目に悪い格好させんじゃねーぞ」
「は〜い。……革ジャンとか着せたら面白そー」
「伊達、いい加減機嫌を直せ」
「機嫌悪くねぇだろ」
「大人げない……お前の恋愛を哀れんだのは悪かった」
「フン、分かりゃいいんだ」
「ったくどっちがおこちゃまだウゼーヤ」
「ウゼーヤ言うな!!!」
「伊達……公衆の面前だ」
「腹減った……上杉〜早く牛乳アイス」
「はいはいもーちょっと〜」
「グラウンドと態度違いすぎだろ武田……」


恋愛にがっつり興味あるのは信平のみ。聖哉は子供の頃に先生に恋。忠司は付き合ったことはない。元春は人付き合い苦手で論外。緋炎は牛乳がお好き。

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