見かけで判断すべからず!(上杉徳川武田)

放課後。日が傾き始めて、先生のお叱りを受けていた俺以外はいなくなってしまった教室。ひとつ尋ねたい事がある、と低い唸り声を上げて、一体どこの地獄からやって来たのかと逆にこっちが問いかけたい気迫で、徳川桃美は俺の目の前に立っていた。俺と言えば、普通に教室で自分の席に座って、帰りの用意をしていただけだ。さっきまで周りのダチに声をかけていたのは変な事でもないし、何もやましい事は……いや、してない、とは言い切れないけども。態度からしてまさかデートのお誘いではないだろうし。相手はとてもとても深刻な様子だが、椅子の背もたれに体重をかけてだらりとリラックス。ま、おもっくるしい相談だったら適当にパスしときましょうか。それが一番。

「なーになーに?桃美ちゃん。俺で答えられる事なら何でもどうぞ〜、かわいい子の頼みなら断れないしね」
「………なのよ」
「へ?」

ぼそりと低く呟かれた相談事に、思わず聞き返す。その刹那、俯いていた桃美ちゃんの顔から、ぎらりと光る野生動物の瞳が覗いた。えっタンマタンマ、どこのライオンだっての!このまま喰われそうなくらいの威圧感に背筋が凍った。桃美ちゃんてこういう子だっけ!?もっと大人しくなかった!?

「何者なのよ……武田緋炎」
「緋炎て…………あの緋炎さん?」

思わぬ名前が飛び出してきたものだ。武田緋炎、俺の部活の先輩。硬式野球部がなかったから無理矢理作り出して、無理矢理俺は誘われた。逃げようとしても、もうあの人の足の速さはチーターか!ってくらい速い。逃げ切る事は一回も出来た事ない。けど俺と緋炎さんの関係と行ったら、放課後になるたび脱兎の如く逃げ出す俺を緋炎さんが追いかけて、捕まえて、野球部に来させて、練習に付き合わされるだけ。特別親しいかって言ったら、ちょーっと違う。そう、刑事と犯人のような。警察と泥棒のような。こう……義務上の付き合いみたいな?だから何者かなんて俺が知るはずない。

「緋炎さんね〜俺よく知らないんだよね。てか、あの人の事はむしろ俺が知りたいって」
「男?」
「いやそれくらい分かるっしょ!?」

重苦しい口から開け放たれた言葉に、机に突っ伏してしまいそうになる。いや、いやいやいや、桃美ちゃんそれはおかしい。制服で分かる、っていうか緋炎さんが女の子とか……似合わねぇ〜!無理無理無理。思わず笑顔もひきつる。でも向こうは真面目だ。恐ろしいくらい真面目だ。このテンションの差どうにかなんない!?

「男……男だったら……男だったら!もっと簡単に落ちてるの!!!!」
「ぎゃっ!?ちょちょ、桃美ちゃんタンマ!一回落ち着こ一回!」

凄まじい勢いで両手が机に叩き付けられた。やめて!机が可哀想だからやめたげてよぉ!しかし、桃美ちゃんの目の奥ではめらめらと炎が燃え上がっている。更に肩で息までしている。更に更に俺との距離がいつの間にか縮まっている。距離にして三センチ。手を付いたついでに体を前のめりにしたからである。かわいらしい顔が台無しだよ!冗談抜きで!

「上目遣いも、首かしげも、胸元見せるのも、おねだりも、みんなみんな失敗した……今までの男ならコロッと騙されてたのに……」
「……ああ〜、そーゆー事……。まあ緋炎さんだし……」

ひたすらひたすら野球野球、あーすればうまく打てる、こーすればうまく打てるとかばっかり考えてるあの人だ。色恋沙汰なんてさっぱりだろう。好きな人とかいんのかな緋炎さん。野球が彼女〜とか言いそう、割りと真面目に。てか桃美ちゃん、さっきまでの炎が萎んじゃったよ。眉は下がって、一気に守ってあげたいオーラ放出してる感じ。言ってる事が言ってる事だからそうは思わないけど。

「桃美ちゃん、緋炎さんは無理だろうから俺に乗り換えちゃう?」
「誰が」

氷点下の瞳で両目と心臓貫かれた。ああ、痛い。心が痛い。硝子のハートがブレイク。
顔を反らしてそっと涙を拭っていると、深い溜め息が聞こえた。

「唯一あたしを本気にした男……諦め切れるはずがない!」
「わーおいっちず〜」
「という訳で今日からあんたも協力する!いい!?決定ね!!」
「えっ」

茶化すような笑顔がたちまち威力をなくした。目の前で指を指される。危ないよ目に入りそうだよ怖いよ!えー、嫌だなんて言ったら般若とか召喚される系だよなぁ……これ。悩み始めた途端に、バタバタと聞き慣れた足音が教室に近付いてくる。さーっと顔中の血液が引いていく。やっべぇ!ガチでやべぇ!!

「そ、その件についてはまた今度って事で!」
「ちょっとっ逃げるの!?」
「おー当たり!!!窓閉めヨロシク!」

学生鞄を持つ、がらっと教室の窓を開ける、窓に足をかける。風に揺られてふわりとカーテンが舞った。あ。今の俺、結構かっこいい感じ?

「上杉!見つけた!」
「ざーんねん緋炎さん、今日ばかりは逃がしてもらいますよ!それっ!」
「えっ、え、ええっ!?ここ二階……!」

緋炎さんのいつもの声、桃美ちゃんの狼狽える声をバックに飛び出した。さあ、今日こそは!校門を出て遊びに行く!!校門さえ出ればこっちのものだ!
飛び出した時受けた風は超気持ち良かった。先生にバレたらまた拳骨食らっちまうだろうけど……。



「うん、やっぱり良いな。あいつ」
「え?」

いつの間にか横にいた武田緋炎……先輩は、もう小さくなりつつある上杉の姿を見て満足そうに頬を上げた。あたしからしたら、あんな危ない真似する奴を良いとは言えないと思うけども。

「あの身体能力……絶対手に入れるぞ、徳川!」
「へっ!?あ、は、はい!」
「校門から出る気だな。伊達を置いて正解だった。流石に塀は飛び越えられないだろうから……次に狙うとしたら……裏門か。よし、行ってくる、お前は部室先に行ってろ!」

言うが早いか弾かれたように教室を飛び出していく武田先輩。瞳がきらっきら輝いていた。ひとり取り残されたあたし。
……何にせよ。
いつの間にか一昨日勝手に入ったマネージャーの名前と顔ちゃんと覚えてて、かつ自然に呼ぶとか。

「あー、もー……」





ただただ、ずるい。












その後上杉は、裏門できっちり捕まりましたとさ。



組み合わせはこの三人が一番好きかもしれない。


[ 2/6 ]




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -