3
「あ……や……」
空より青い顔になる少年に対し、ウルフは余裕と言わんばかりに舌舐めずりをした。
どくん。心臓の音が聞こえる。……一体誰の?
どくん。心臓が喉元に競り上がってくるのを感じて、少年は必死に飲み込んだ。
どくん。……あたまがからっぽだ。
「た、たすけてったすけてええええ!!」
がらがらになっている声に構わず、残りの力を振り絞り少年は声を張り上げた。目尻には涙を浮かべ、口を閉じると恐怖から歯がカチカチと音を立てる。
次に聞こえたのは、少年の体が噛みちぎられる音……
「ギャンッ!!」
ではなく、ウルフの悲鳴と、何かが草むらに落ちたような音だった。
「間に合ったか……」
心地の良い低音声が、少年の鼓膜を刺激する。おそるおそる薄目を開けてみると、少年の視界いっぱいに黒と赤が広がった。
幾多もの戦いを勝ち抜いてきた戦士のような、堂々とした佇まい。腰には漆塗りの鞘を携え、右手にはショートカットの髪と同じ紅の刀身をした日本刀が握られている。シックな黒いコートは、青年のミステリアスな印象を更に強く植え付けた。
少年は、自分が関わってきた人々を全て思い返してみても、これほどまでに一人の人間を頼もしく思ったことはなかった。
「あ……あの……」
「目を閉じて、耳も塞いでいろ。すぐに終わる」
冷たい響きだったが、その内容は少年に残酷な行為を見せないよう考慮する暖かなものだった。赤髪の青年が背中を向けているにも関わらず、少年は何回も首を上下に動かす。目を閉じる直前、少年の目にぴくぴくと痙攣して倒れ伏したウルフが見えた。少年の心に安心感が多量に注がれた瞬間だった。
少年が次に感じたのは、頭に乗せられた優しい手のひらの感触だった。
3