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「……どいてよ、お爺さん」

ルカの声が、変わった。明るく弾む歌声のような調子は、底無し沼の奥深くに沈む。鈍重で、それでいて丹念に磨かれた銀の針のように、鋭い。その両目には、氷のように冷たく、焔よりも熱く、どろりと溶けている黒い何かが含まれている。
だが、老人は、少し顔が強ばったもののその場を動く気配がない。

「待て、若造。……今は本が騒いでおる。驚いてあちこち混乱しておる。無闇に動いたら危険であろう。ここは、わしが一旦様子を見に行き、それから……」
「――うるっせぇな……どーでもいいことを、ごちゃごちゃと……」

パキッ、と彼の指が音を立てる。興奮した獣のように、ルカは瞳孔を開かせ、落ち着きなく足は床をノックする。いつもは吊り上げられている唇は、一文字に引き結ばれている。
ルームメイトは、三人揃って肩を跳ねさせた。それから、顔付きからしていつもと違う見知らぬ彼の様子に、表情を恐怖に染める。
一歩、また一歩と歩み寄るその姿。老人は自然と震えが起こり、全身の毛穴から汗が吹き出る。手に持っていた本は、危険を察知して飛びさってしまった。

パキン。待ちきれないとばかりに、指が鳴る。

「残り少ない寿命が惜しいならとっととそこをどけっつってんだよ……聞こえねぇのか、クソジジイ」

極めつけに、奥で荒波が巻き起こる双眼を向ければ、老人は歯痒い思いで足を動かした。

「ぐっ……!」

引き摺るような後退りだったが、ルカはそれを見逃さない。全力で地を蹴ると、疾風のように本の道を駆け抜けた。

(クレイは、任務以外じゃ絶対に他の奴に突っ掛からない……!)

沸き起こる焦燥が、足を速める。
ふと、視界の端に、天井で突っかかっている赤い風船を捉えた。パチンと足元から小さな電気が散る。

(そしたら、あの音は誰かに襲われたとしか考えられない!!)
「クレイ!」

生物の棚にたどり着く。クレイは、いた。ただ、その姿を変えて。



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