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すると、もう一度ダーマがこちらを振り向いた。鋭い眼光に負けないよう、クレイも相手の出方を伺う。
ダーマは静かに立ち上がると、主に背を向けて、こちらに向かってきた。マントが控え目に揺れる。そうして、狼狽するナッツと誠の前に立つと、神妙な顔をして胸元に手のひらを乗せ、膝を折る。

「この度は、殿下が申し訳ありませんでした。目を離してしまった私の責任です……。私などの身ではいささか力不足でしょうが、いかなる処分をもお受けします」
「だっ、ダーマ!?何をしている!!」

つり上がった目を見開かせ、大慌てでグランが駆け寄る。周りの貴族達も、驚きを隠せない。ダーマは、ナッツ達から引き離そうとするグランを、横目で睨んだ。素直に仕えるべき、いち近衛騎士が!先程のように怒りはしないかと、皆ひやひやしながら見守る。
それはナッツ達も同じだった。

「殿下は今、王となる器を育んでいらっしゃいます。そして、まだ民の事、世界の事、礼儀作法を十分に学べておりません。数々の無礼、出来ることなら、お許しください」
「え、えーっと……俺は別に大丈夫……だけど……」

誠は困ったように頬を掻いて、ナッツに目を配らせる。彼は青白い目元を細めて、小さく頷いた。寮にいる時とは異なる笑い方に、誠は一瞬どきりとする。どことなく、ナッツの中にある「貴族」が見えたような気がして。

「俺も、いい。大丈夫だ」
「ありがとうございます。……しかし」

凛、と、空気の色が変わった。ナッツと誠の目の前にいるのが、無礼を詫びる教育係から、グランの近衛騎士に変わった瞬間だった。厳格な顔付きは余計な人物を寄せ付けず、一瞬の隙も油断も与えない。弦楽器の低音は、その丸みを尖らせて槍へと変化する。

「殿下は、誇り高い貴族の身……。あまり手荒な事をなさらぬよう、お願い致します」

それは忠告だった。鷹の目にも似た闇色の瞳に圧され、誠は言葉を詰まらせる。
グランは急に得意になって、二人を見るとニタニタと嫌らしく笑った。誠は腸が煮え繰り返る思いだったが、ダーマの手前、体が動かなかった。

「……で、おおい。やーっと終わったか?」

がしがしと頭を掻く荒っぽい音が、教室の白い壁に反響した。

スーツを纏った男性が、誠達とダーマの間に、降って沸いてきたかのように、忽然と現れたのだ。

「うおおおおおおおおおっっ!?」
「……なんだよ、うるせぇな……」

気を抜いていた誠は、咄嗟に後ろへ飛び退いた。その際、床に付けられた段につまづき、仰向きに倒れそうになったところを間一髪でクレイがキャッチしたのはまた別の話。
誠の大声が耳を突き抜けて、男性は気だるげに耳をほじると、声のトーンが低くなる。だが、ルームハリーヌのメンバーにとって驚くべきはそれだけではなかった。ナッツは男性の隣に立つ「それ」を見つけると、思わず大きく口を開ける。

「ラ、ライチ!?いつの間に!?」
「え、あの……遅れてごめんね。道に迷ってたらその人に連れてきてもらって……入り口で入るかどうか迷ってたら、先生にここまで連れられて……」

姿を消していたルームメイトは、八の字に眉を下げて、ダーマとスーツの男性に目線を移す。何ともライチらしい経緯であると、ルームハリーヌのメンバー間の空気が少し和らいだ。

「そりゃーお前、俺んとこの生徒なら入れるだろ普通。……一人そうじゃない奴がいるけどな」

男性は欠伸を噛み殺しながら、くっきりと隈が出来た濃紺の目をぎょろりと向ける。当人はマントをひとつはためかせると、目を閉じて黙って話を聞いていた。



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