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「低俗な下等生物が高貴なる存在を愚弄したその瞬間に確立する、貴様の罪と罰を!……汚れた体に制裁を加えよ、聖なるイカズチの魂よ!!」

バチン!と球体の電流が一層大きく弾ける。グランの黄色い目は、先程の声とは裏腹に、赤く血走っている。焦点は誠からずれており、「聖なるイカズチ」を使う者にしては、まるで悪魔のように思えた。

「マ、マコト、避けるんだ!!あれ、当たったら……すごく痛い!」
「何だそりゃ!?って、なんでお前、それ知って……」

青い顔をして必死に警告を張り上げるナッツに、誠はくっきりと浮かび上がった疑問を尋ねようとする。しかし、それは途絶えた。

「くらえっ!!」

グランがその腕を、断罪者よろしく、大きく降り下ろしたからだ。球体の雷は発動者の手を離れ、まっすぐに誠とナッツのもとへと飛んでいく。二人とも硬直し、身動きが取れない。クレイは二人の方をきっと睨むと、「何か」を呟いた。いや、僅かに口が動いただけで、声は出なかった。


「――殿下!」

凛、……と。

腹の底から出た、張りのある声。それでいて、弦楽器の音色のように、低音が美しい響き。教室の入り口に立つ男は、そこにいる全ての人間の思考を奪った。そして球体の雷は誠に当たる直前、唐突にその軌道を変えて、高貴なる横顔に向かって飛んでいく。

「殿下!お下がりください!」

皆の思考を奪った泥棒は、タンッと華麗に地を蹴った。その背から、クレイの髪よりも鮮やかな赤いマントが宙を切り、靡く。
彼が「殿下」と呼んだグランの前に降り立つと、その闇の色をした瞳に静かな光を宿し、白い手袋に包まれた手のひらを球体へと向ける。「高貴なる存在」が起こした不祥事の結晶は、それに触れると音もなく消えた。吸い込まれる事も弾き返す事もなく、ただ一瞬で、消えたのだ。

…………静寂。
凍り付いた空気は、なかなか溶ける事はなかった。異装の男の介入、発動者へ戻る「イカズチ」……その謎を解ける人間は、今この場に誰一人として存在しなかった。例外も、なかった。

「……ダー、マ」

だがここには、そんな空気に負けない貫禄を持つ者が、一人だけいた。彼は身体中をうち震わせながら俯き、ダーマと呼ばれた男は直ぐ様振り向き、早急に膝を折る。

「申し訳ありません、殿下。お怪我は……」
「どういうつもりだ、この大馬鹿者ぉおおおおっ!!!」

天井に飾られた硝子細工を落としかねない大声が、教室にビリビリと響き渡る。四大貴族とは、誰もかれも声が大きいものなのか……。クレイとルカは再び訪れた耳鳴りに耐えつつ思いを馳せた。
ダーマはそんな彼に慣れているのか、申し訳ありません、とかしずいて同じ声色で繰り返す。

「僕を置いて見知らぬ迷子の道案内などし、あまつさえ他の……あのみすぼらしい愚民達を守ろうとするあまり僕を危険に晒したなんて!!近衛騎士失格だっ!!」
「お待ちください、殿下。お言葉ですが……道を教えるのでこの場でお待ちください、と何度も申しましたのに、私の言うことを無視して先に行ってしまわれたのは、殿下の方では?」
「うぐぅ……っ」

ゆっくりと頭を振り反論するダーマの態度は、まるで親が子に言い聞かせているようだ。そしてグランの方も、もっともな彼の言葉に手も足も出ない。あっと言う間にグランのデタラメな怒りを鎮静させたダーマには、ただ者ではない何かを感じる。
情けなく顔を歪めるグランをよそに、ダーマは一瞬後ろの誠とナッツに視線を寄越した。きょとんと目を瞬かせる二人だったが、クレイは彼をじっと見つめていた。ダーマの格好が、とても異色だったからだ。

教室にいる人間達の中で、ただ一人褐色の肌をしていた。きりっとした顔付きや鋭い目付き、少し厚い唇など、その容貌はクレイの面影があって男らしい美丈夫。ややウェーブした黒髪を肩まで垂らし、騎士の服装なのだろうか、首元まで覆う真っ白い上着に同色のズボン、赤いマント、白い手袋に革のブーツが一層映えて見えた。

「そして……殿下の雷を跳ね返したのは、私ではありません」
「なっ……何だと!?ならば誰だと言うのだ!?あの落ちこぼれと愚民がやったようには見えなかったぞ!!」
「殿下。……言葉遣いを慎んでください。貴方は貴族なのですよ」

教室中が言葉を取り戻し、一斉にどよめき出した。今のダーマの言葉には、僅かな怒気が混じっていた。そして……あの四大貴族を、この場で叱ろうとしている。近衛騎士たる身分の人間が。

皆、動揺を隠せなかった。

「貴方は将来王となる身……。いかなる理由があろうとも、怒りに悲しみに……感情に流されず、自分の心をしっかりとお持ちください。ダーマは本当に、心配でたまりません」

そっと、ダーマは胸に手を当てた。一方のグランは、腕を組んでフンッと子供のようにそっぽを向く。どちらが「大人」なのか、一目で分かる光景だった。
その片側で、王というキーワードに噛み付くところだった誠の口を、咄嗟にナッツが塞いでいた。正しい対応である。

「もういい、説教なら後にしろ。それより誰なんだ?僕のイカズチを跳ね返した者は」

ダーマは、首を横に振った。

「それは……分かりません。一つ言えるのは、言葉なくともイメージが可能で、更には何の挙動なくとも魔法が発動出来る……相当な実力者が紛れ込んでいる事だけです」

それを聞いたグランは、不機嫌そうな様子はどこへやら、にいっと口を吊り上げると愉快そうに笑った。

「フン、面白い。四大貴族として、是非ともそいつと一戦交えてみたいものだな」
「殿下……」

ダーマが呆れた溜め息を吐くのと、クレイが安堵の溜め息を吐くのは同時だった。



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