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クレイ達一年生の教室は、最上階の三階にある。しかもひとつひとつの教室が広いため、なかなか自分の教室までたどり着けない。周りの貴族はよくこの広さに文句を言わないものだと誠はこぼしたが、貴族は広い場所に住むのは慣れているので問題ないのだろうというもっともな結論をクレイが出した。

「こりゃまた、豪勢な……」
「そっか?俺はこれくらいなら平気だけど。あっハリーヌ!」

顔をしかめる誠に対し、ナッツは溜め息が出るほど高い天井に設置された、ハリーヌの明かりに目を輝かせている。

流石に美術品は置かれていないが、その気品と規模は圧倒的だった。前には教卓、その後ろには黒板があるのだが、それのまあ大きいこと。二メートルの大男が手を伸ばしても到底届かない巨大さは、天井にずらりと並ぶ魔物の明かりと並び、入って来るとまず目を奪われる。
丸みを帯びた長机は十分過ぎる程間を取って置かれ、見えやすいように後ろの席は段がつけられている。何より全ての物が新品同様で、窓側の席は真っ白い机が輝いて見えた。

「んで、どこに座るんだ?適当じゃ駄目だろ」
「はい!一番後ろ!」
「人の話聞けてめえは!」
「だっ!?」

すぱん!と良い音を立ててナッツの頭がはたかれる。二人が平民丸出しのやり取りをするおかげで、三人はまばらに座る貴族達の視線を一身に受けるはめになった。

「ナッツ、マコト。……とりあえず、あの下へ行こう」

全身を弱く針で刺されるようなそれに耐えきれず、クレイはハリーヌのガラス細工を小さく指した。


クレイの予想は当たっていた。ハリーヌの明かりの真下、窓際の前から三番目……そこにクレイ達の席があった。レストランの予約席よろしく、机の端に「ルームハリーヌ」と美しい字で書かれた三角柱型の紙が、堂々と置かれていたのである。
両脇に残りの二人用のスペースを空けて、三人は席についた。

「なあなあ!なんでこの席だって分かったんだ?」
「部屋のシンボルがわざわざこの教室にあるのは、何か意味があると思った。……それに、ほら。机は三列、明かりも三列だろう」
「はー、なるほどなあ……」

クレイが長い人差し指を上に向けると、反射的に二人の視線は真上にいく。誠は腕を組んで感嘆の息を吐いた。

クレイは二人がまた話し出すのを半分聞き流しながら、教室にいる人物達をぐるりと見渡してみた。色鮮やかな髪色、隣と談笑しながら口元に手を添える上品な女子生徒、自分の家について語る男子生徒……ギルドで任務をこなす人間には縁もゆかりもないような社交場。
きらびやかな幻想が、クレイの目の前で黒く滲んでいく。気品ある笑みの仮面が剥がれ、口元を狂ったようにつり上げたピエロが、こちらを、ギシギシと音を立てて振り返る。背骨が浮くような気持ち悪い浮遊感がクレイを襲い、執拗に包み込もうと追い掛ける。

どくん、ど、ドく、ん、ドクん。
心臓の、動き、がは、やくな、る。

「だーから、人の話ちゃんと聞けねーのかってんだよ!!」
「うわあっごめん!」

ばんっ!と荒々しく机が叩かれた。誠は額に青筋が浮かび、ナッツは頭を庇いながら早口に謝る。

――悪夢が、覚めた。周りは何事もなかったかのように動き出す。

クレイはすがる思いで、胸元を掴み上げる程に、ぎりぎりときつく握り締めた。何かが喉元に競り上がり、吸うばかりで、息が吐き出せない。肺にごろごろと異物がたまっていく。軽くせき込むことで、ようやくそれらを吐けた。
落ち着いてきた頃に、隣はまた始まったと呆れつつも、彼は心底ほっとしていた。





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