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「どうでもいいです」

彼は、至極はっきりと、迷いもなく言い放った。
ルカは何故か目眩がした。
どうでもいい……彼はその意味を、何度も何度も頭の中で巡らせる。自分の家にも誇りがない。上を見つめて、その地位を剥奪しようという訳でもない。

「ボクの目標には、確かに彼等の存在は大きな壁となって立ちはだかります。けれども、それは通過点です。彼等の事をどう思おうと、彼等がボクをどう思おうと、ボクに干渉して来ない今……とてもどうでもいいです」

湖面の瞳に、凛とした光が宿った。セシルの言葉は、広場を、学園を、どこまでも突き抜けた。葉の擦れ合う音が、二人の鼓膜を小さく刺激する。真っ直ぐな、けれども義務的な声の残響は、いつまでもルカの根元に留まり続けた。

「四大貴族が、通過点……?」
「はい。ボクの目標は、そのずっと奥にあるんです」

勝手に震え始めた拳を、ルカは必死に握り締めた。

「……ふっ……ク……」

ぶるぶると振動し始めた肩は、収まることを知らない。

「……ククッ……アハハハハハハハハッ!」

その笑い声に、セシルは半開きだった目を初めて全開にした。ルカは何を思ったのか、目元をくしゃくしゃにして、腹を抱えて笑いだしたのだ。セシルの驚く顔に更に気を良くしたのか、ひとしきり爆笑した後もにやついた口元を手で覆っている。
それでも、くつくつと喉で笑う事はやめなかった。

「……驚きました。キミのような人、初めてです」
「そりゃこっちの台詞だっての……っ、なんて人だよあんた」

お互いがお互いに、形は違えど初めての相手を見た。セシルはむっくりと起き上がり、その頭を不思議そうにもたげる。

「おかしいですね。この話をすると、みんな反対するんです。たまに四大貴族さん達を侮辱しているように聞こえるらしく、怒られるのですが」
「その辺にいる平民はそんな事ならないから大丈夫。てか……俺がおかしいなら、あんたもおかしいよ?」
「ありがとうございます。よく言われます」

整った唇が、くすりと小さく弧を描いた。天上に住まう天使のように美しく、気品のある笑み。彼が貴族だということを、改めてルカは認識した。
同時に――一瞬、そっと彼に近寄った気持ちが、瞬く間に冷めていった。

「……様ー!セシル様ーっ!」

鈴の音に似た心地の良いソプラノが、二人の耳に僅かに届いた。今の今までのらりくらりとしていたセシルが、それを聞いてすぐに立ち上がる。その機敏な動きに、ルカは別人を見ているかと思った。

「……ボク、もう行かないといけなくなりました。入学式と始業式が終わったみたいです。キミも早く教室に向かった方が良いと思いますよ」
「ん……そうだねー。じゃ、またご縁があればお会いしましょうか?」

へらへらと笑い手を振りながら、ルカはさっと背を向ける。
パチッとルカの足元で電気が弾けた。初めは弱い電流だったが、それは音の大きさと勢いを増し、ルカの体が細かな電流に包まれると蜃気楼のように揺れ動く。



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