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「作ってはみたけど……本当にこれでいいのー?」
「良いと思うんだが。少なくとも説明通りだ」

クリーム色をした箱は、ハリーヌのテーブルクロス、三時になるとガルーダと呼ばれる鳥の魔物が飛び出す壁掛け時計、木製の背もたれ付き椅子、暖かみのあるフローリング、清潔感のある白い壁、部屋の全てにミスマッチしていた。何よりごつい銀のダイヤルがその機械的な雰囲気を際立たせている。
見慣れないそれを、二人は何度も手元の紙と見比べながら隅々までチェックする。しかし見たことある現物は、使い魔の存在によりほとんど記憶が打ち消されてしまっていて、正解かどうか見当もつかなかった。

「で、ダイヤルに数字登録?して……ほんとなにこれ変なの……意味分かんない」
「ん?……注意。ダイヤルに自分の大声で反応するように『生産』しておくと、演出上役立つ」
「知るかあのくそジジイ!!てか注意じゃないし!」

クレイの手から紙切れが消失して、真っ二つに裂かれた。ルカの足で踏んづけられたそれをクレイが拾い上げると、同情の眼差しで見つめながら繋ぎあわせて、指先に力を込める。

「ルカ……仮にも任務だ」

クレイの溜め息が生ぬるい空気に溶ける頃には、紙切れは破られた形跡をなくしていた。

「分かってる!あーもー……そうだ、どっちで保存する?記憶石とそのまんま」
「そのままの方が良いだろうな。万が一記憶石が割れてしまったら元も子もない」
「だよね、加工出来ないし。一応ファイルには火と金の耐性を強化させとこうか……はあ……」

ルカは目を据わらせてファイルを摘まむ。そのまま静かに息を吐くと、ファイルは淡い黄色に包まれる。光が晴れたその姿は、何ら変わりはなかった。

「さて、どこに隠しておく?」
「リビングは皆が使うから難しいだろうな」
「でも、だからって寝床にこんなごっついの置いておく訳にはいかない……となると?」
「あの部屋か……」

先程まで立っていた薄暗い空間を、クレイは忌々しそうに見つめる。今のところクレイには嫌な思い出しかない、書庫にも似た勉強部屋。しかし、本棚に囲まれているそこは、隠せるような場所などどこにもない。

「どっこにしよっかなー?あー黒板しまっておかなきゃ、めんどくさー」

そうは言いつつも、ルカは金庫を抱えつつ鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌っぷりだ。クレイは苦虫を噛み潰したような顔をして、勉強部屋の中央にある机に寄り掛かると一面を見回す。主に誠とルカが暴れまわったせいで本棚に被っていた埃が舞い、少々喉に詰まる。

「この学園は新設の割りに、古い文献が多いな……」
「その辺は学園長が揃えてくれたんじゃない?滅多にお目にかかれないようなのもちらほらあるし〜」

ルカは片手で金庫を支え、その顔面にヒットした辞書を本棚に戻す。そして、背より遥かに高い本棚の天辺を見上げると、短く息をついた。

「よっ……と!」

ふわり、と。重力に逆らって、ごく自然な流れで、背中に羽が生えたように、ルカの体が浮いた。そのまま膝を曲げて天辺に到達すると、天井との隙間に金庫を置く。ギリギリはまるかはまらないかの間で、見ているクレイは不安しかなかった。

「クレイー、これで良い?」

ルカは目下にいるクレイに視線を投げ掛ける。彼は相変わらずの大真面目な無表情だ。任務の話である事も関係しているだろう。この時のクレイはルカ曰く、普段の三倍真面目なのだ。

「ああ、とりあえずはな。……だが、誰かに触られはしないか?」
「大丈夫大丈夫ー、クレイの言う『普通の学生』には絶対触れないよ。ここって足場もないし、自分の体『操作』出来る程コントロール出来る奴もいないだろうし」

ルカは幽霊のように浮遊して端から端へ横断すると、仰向けになって足を投げ出し、両腕を枕にして空中で寝転がった。そのまま昼寝に入ってしまいそうな相棒に背を向けて、クレイは静かに瞼を閉ざす。

「俺はもう行く。そろそろあいつらがホールに着く時間だ」
「はーい、いってらっしゃーい。俺もゆっっくり行くから安心してねー?」
「……馬鹿か」

そう返したクレイの語尾には、丸い響きがあった。そして足元から徐々に粒子、マノへと返還されて、ぼんやりと暗い部屋に伸びていたクレイの影が消える。
そうして、ルームハリーヌにいる人間はルカのみとなった。

「さてと、行きますか」

一人きりになった物寂しい部屋で、彼は尚も軽い口振りで呟いた。



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