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ロビーのカウンターで緑のパーマが素敵なおばさんに聞いてみたところ、三人はもう帰ってきているらしい。しかしそれは、逆にルカの恐怖心を煽った。

「……クレイ、開けて。俺ちょー怖い」

口振りこそ軽いが、その顔色は真っ青だ。ぴったりと手のひらで耳に蓋をしているのを見て、クレイはおおかた察しが付いた。その少し厚い唇から、思わず溜め息がこぼれる。

「お前……」
「なにその顔。言っとくけどこれが普通の反応だからね。俺はクレイさんみたいな聖人じゃないんだから。あのテンションにも付いてけないし〜、緑頭クンが唯一の救いだよ……」

明後日の方向を見上げるルカを無視して、クレイは躊躇なくドアノブを回した。
開けると、どたどたと慌ただしい足音が聞こえる。そらきた――ルカは咄嗟に身構えた。

「おかえりっ!!」

太陽のような笑顔で、ナッツが出迎えてくれた。何故か真っ赤な生地にオレンジの太陽が描かれたエプロンを着ていたが、まだ元気の良い声で済ませられる範囲内だった。ほら見ろ――クレイはルカを横目で睨む。ルカは間抜け面になりながら手のひらの蓋を外した。

「あ、クレイ君とルカ君。おかえりなさい、用事は済んだ?」

その後ろから、ひょっこりとライチが顔を出した。今度は若草色から下に行くに連れて、彼の瞳の色である紫色になっているエプロンを着ていた。相変わらずの照れたような笑顔だ。ルカも笑顔を返す。

「済ましたよー、二人は何してたの?」
「お昼作ってたんだ。……って言っても、ほとんどマコト君がやってくれたから、後は煮込んだり炒めたりするだけなんだけど……」

入ってすぐのキッチンでは、大鍋と大きな中華鍋が火に掛けられていた。

「これ……作ってるの?」

ぐつぐつ煮詰まる鍋を見ると、ルカがライチにすっとんきょうな質問をした。隣にいるクレイも、まるで魔法を初めて見たような顔をしている。ライチは言葉の意味が理解出来ずに首を傾げたが、代わりにナッツが口を開いた。

「作ってるぞ!!今日はワイバーン肉の煮込みとその辺で採れたらしい木の実のサラダと、余った肉と緑野菜で炒め物だって。あとパン」
「あー、ワイバーン肉か、旬だねー。今月ワイバーンの月だからよく獲れるし……へえー」

ワイバーン……クレイ達もその一種のジャックワイバーン討伐任務を受けていた。ただでさえ狂暴な動物族のワニにそっくりかつ更に狂悪な顎を持つが、その身は引き締まっていて絶品。繁殖期のこの時期は人里を襲うため討伐任務も多く、その肉は市場に安く出回るのだ。
ルカは言葉こそ返しているものの、どうにも語感がふわふわしている。その視線は銀色の大鍋に釘付けになっており、とうとうコンロへと向かうと、戸惑うことなく蓋を開けた。

「あっすごっ見てよクレイ!こうなってんだーへえー!」
「……」
「だ、駄目だよルカ君っ!勝手に開けたら……!クレイ君も行っちゃ駄目ー!」

ライチにしては強い口調で止めに入るが、それでも日頃クレイの鬼のような形相と地獄からの呻き声を聞き慣れているルカには微塵にも効かない。更に目を子供のように輝かせてクレイが近付くものだから、ライチはそれを押し出しながらルカに声を掛けるので精一杯だった。

「んー、うまい!」

そしてナッツは人目を盗んで、先に完成したサラダをつまみ食いするのに勤しんでいた。


ようやく落ち着いた頃には、料理も終わりへと差し掛かっていた。中華鍋に油を微量注ぎ、薄く切ったワイバーン肉を炒め、刻んだ緑野菜……タレノ菜と呼ばれる濃い緑色をした菜っ葉を加える様子を、ルカもクレイも目を凝らして見ていた。

「どうしたの二人とも……料理初めて見たみたいな反応して……」

自分より高身長な二人に挟まれて、ライチは居心地の悪さからおそるおそる尋ねてみる。

「まあ初めてみたいなものだからね」

驚くほどさらっと言ってのけたルカに、ライチは持っているお玉を取り落としそうになった。

「えっ……えっ!?」
「いや、正確には十年ぶりくらいだな」
「カウンターの奥で作ってるからねー、自分で作るとしても魔法だし」
「ま、まほ……って、そんな、どうやって……!?」

ライチの目は大きく見開かれて驚愕に染まっているが、彼の手は器用にも具材を宙に舞わせ、また炒め、舞わせと鮮やかにローテーションしていた。

「そんなの簡単じゃん?献立考えて、お皿用意してきて、イメージして、出して、はい終わり。何もやることない日はそっちのがいいよ、お金浮くし」
「で、でも……『生産』は確か、かなり疲れるんじゃ……」
「力のコントロール出来れば疲れないよ?それで家計に優しいなら安いもんだし、ねークレイ」
「ああ」

二人はまるで常識のように話しているが、ライチは言葉が出なかった。確かにそれが出来たなら、究極を言えば市場がいらなくなる。
しかしそれは滅多な事では出来ないのだ。一人当たりの昼飯を出そうものなら、事細かな所まで力をコントロールしてへとへとになってしまい、食事どころではなくなるのだから。

「でも、欠点もあるんだよね。細かい味までイメージする訳だからさ、正直すっごい面倒な訳、料理出すのって。だからおんなじようなのを何回も使い回すんだよ。だから飽きてきちゃうってのがねー……あれ、味付けはしなくていいの?」

肩を竦めてルカが説明している間に、ライチは火を止めて真っ白な大皿に炒め物を盛り付けていた。それには香辛料等は何一つ入れていない。まじまじと完成品を見つめていると、ライチはにこやかに微笑んだ。

「ええと、知らなかった?この菜から出る水分、甘辛い味がするんだよ。一緒に炒めると、それが味付けの代わりをしてくれるんだって。その味が王宮料理のバッハロング煮のたれみたいだから、タレノ菜って名前なんだって」
「ネーミングセンスだっさ……けど、ふーん、面白いね」

ルカも、無言で見守っていたクレイも、その姿はまるで新しい玩具を見つけた幼児だ。先生になった気分で、ライチはまた微笑んだ。

「……ところで、マコトはどうした?」

藪から棒に、ふとクレイが呟いた。ルカも後ろを確認してみると、キッチンにもリビングにも、あの長い黒髪はどこにもない。あるのはリビングで幸せそうにサラダをむさぼるナッツだけだ。
ライチは近くの背の高い棚から取り皿とフォークを持って、リビングへと移動する。

「マコト君は、あの……下ごしらえした後に、寝ちゃったよ」

気まずそうに、そのスミレ色をした瞳がある一点を見た。

「……疲れちゃったって」

その先には、次から次へと木の実を頬袋に詰め込むナッツがいた。

「……なるほど」

あっさり過ぎる程附に落ちられた二人は、同時に大きく頷いた。その後話題の当人が喉を詰まらせ、ライチが大慌てで用意した水で、彼は命からがら生還出来たのだった。



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