5


二人が驚いている暇もなく、学園長は小声を保ったまま話を続ける。

「ずっとわしが学園長室に留まっとる訳ではなくてのぅ、生徒の様子を見に行ったりする事もある。
……新学期前……わしは初等部に用があって出掛けておった。きちんと鍵も掛けてあるし、何も心配はいらんと思っておった……が、しかしじゃ。帰ってきたら、ここは滅茶苦茶に荒らされておった。棚の中身は全てぶちまけてあり、絨毯はめくり上げられ……幸い、数日前に隣国の知り合いの校長から教わって作った金庫だけは空いとらんかった。盗まれた物はなかった……。わしは確信した。何者かがそのファイルを狙っておるとな。
だから預かっといてくれんかのぅ……まさか生徒の金庫に入っているとはどんな極悪人も思わんわい」

ルカもクレイも、今一度ファイルをじっと見つめた。開かれたままのそれは上流貴族の名前、寮と部屋の名前、家の所在地、親の業績などなど……プライバシーの塊だ。左上にある欄には似顔絵が描いてあった。一番初めのグランティーノ・サファー・ダイヤモンドは、狐が金髪のカツラを被っているようだった。
クレイは、力強く頷いてみせた。

「分かりました」
「すまんのぅ……。出来れば特待生として迎え入れたかったんじゃが、ギルド本部の方からそれだと目立つと拒否されたんじゃよ……C寮で頑張っとくれ」
「いえ、お心遣いありがとうございます。……では」
「待った!一言言わせてくれんか?」

ルカが頭を下げると、学園長はうってかわって厳粛な顔をして素早く手のひらを突き出した。二人が呆気に取られていると、また目の前にいる老人の表情が柔らかくなった。

「この学園は、貴族を変えるために作られたものじゃ。……けれども、今見とると、お二人もここで劇的な変化を遂げそうじゃのぅ。教師として一言いいかの?……学びは変化をもたらし、変化は成長をもたらし、成長は強さをもたらす。そう……変化を恐れてはいけませんぞ。例えそれがどんなに嫌な変化だったとしてもじゃ」









「なんなのあのはげ」

重い扉を閉めていの一番に、ルカが言った。

「ルカ……聞こえる」
「聞こえない聞こえない、扉分厚かったじゃん。あーやだやだ……あのはげ訳分かんないんだけど。何?変化とかほざいて……なんで任務で人間変わる必要があるの?」

ルカがぶつぶつ文句を垂らしながら大股で歩いていくのを聞き流していたクレイだったが、やはり後ろが気になってしまい振り返る。
地獄の門に見えていた学園長室の扉は、今のクレイには両腕を広げて微笑みながら迎え入れているように見えた。

「クレイ何してんの?早く!あーイライラする、あの学園長一番嫌いなタイプ!!」
「……分かった、聞くから落ち着け」

そっと頭を下げてから、クレイは頭を掻き乱している不機嫌全快の相棒へと歩き出した。




「まったく、何が協調性だよ。その結果があの寮?上流貴族を喜ばすだけじゃん。所詮接待だよあんなの。使い魔だって絶対もしもの事考えてない……あ。そういえば使い魔の事よく知ってたねクレイ」

並木道の真ん中で、ルカの独壇場が急に中断された。唐突な問いに、クレイは夢から覚めたようにハッとした。すっかりペースに巻き込まれていた。

「ああ……。小さい頃、父さんがそういう文献を読んでいたのを隣で見ていたんだ。生物学の研究をしていたようだったからな。魔族が生み出した魔物と神が生み出した動物族の違い、神の使い白竜族と魔族の使い黒竜族の気性の違い、魔族とはどういう存在か、天使とは、悪魔とは何か……主にそんなところだな。……俺にも分かりやすいように書いてくれた絵本ももらった」
「ふぅん……」

クレイが無意識に胸元を軽く握るのを見て、ルカはそれ以上追及しなかった。




5

next→





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -