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「転移……とは、違うようですが……」

すっかり面食らっていたルカが、小さく尋ねる。二人には初めて見た光景だった。学園長は二人の様子を見て、クスクスと笑う。どうやら亀を見せたいがための演出だったようだ。

「これは召喚という古代の呪文……ないしは鍵魔法という物らしくてのぅ。何でも呪文という物を唱える事により、特別な魔法を使う事が出来るそうじゃ。流石のSSランクも、金庫と使い魔については知らんかったようじゃのぅ」

古代の鍵魔法、金庫、使い魔。二人は頭の中にある辞書を活用して、その単語を検索する。ルカは首を捻るしかなかったが、クレイはハッとして、思わず口に出した。

「使い魔……聞いた事があります。あの神魔戦争において、動物族が人間達と契約を結び、従属させた……。魔族とのにらみ合いの間にこっそり神々へ頼み、その肉体を朽ちる事のないように施してもらった……とか……」

教科書を読むようにすらすらと言ったクレイに、学園長は人受けの良い笑みを崩さずに大きく頷いた。

「さよう。そしていつしか人間達は死に……異次元に朽ちる事のない動物族だけが残され……呪文も封印された。その間に動物族の仕様が変わってしまったそうでのぅ、使い魔は良いぞ。契約者の力を注ぐと大きくなって人も乗せられるし、飯はいらん。名前を呼べばすぐに出て来てくれる、死ぬまでのパートナーじゃ。何よりかわいい。愛情を注ぐのにはうってつけじゃ。……わしはこの使い魔を、授業の一環にしようと思っておる」

二人はぎょっとして、お互いに目を合わせた。貴族に使い魔を……。二人の脳内に、すぐにイメージが浮かんだ。ある貴族はストレス発散の道具とし、またある貴族は奴隷のようにこきつかう。
おぞましい。想像しただけで、二人の背筋に寒気が走った。

「【真紅の皇帝】殿と【守護の雷神】殿は……今の貴族に足りない物は何だと思っておるかの?」
「足りない物……?」

クレイはそう反芻すると、隣のルカの表情を横目で垣間見る。
足りない物。それを聞いた瞬間、クレイにだけ分かる程度だが、ルカの目の色が変わった。

「――心ですね」

恐ろしく冷たい声だった。この世の全てを突き放すような、絶対零度すらも恐れおののきその頭を下げる……そんな声だった。クレイはそれを聞いて、何故か悲しくなった。
学園長はそれを聞いて尚、穏やかに微笑みながら、ほうと感心したような声を漏らした。

「当たらずとも遠からず……じゃな。貴族に足りない物……わしはな、思いやりだと思うておる。かの聖人は、隣人を愛し思いやる事に人生を捧げた……しかし今はどうじゃ?」

貴族は生まれてから死ぬまで、一部の上流貴族以外、貴族同士の交流が許されなかった。貴族の間では、自分を愛する事がよしとされているからだ。自分を愛する事で自分に自信を持ち、自分のする事に迷いがなくなり、リーダーに相応しい人材になる。そのような事が常識として植え付けられているのだ。
学園長はハンカチを取り出すと、そっと目尻の涙を拭った。

「わしは生徒に協調性を育んでもらいたい……そのために学園を建てたのじゃ。少々上からの条件がきつかったがのぅ。貴族には自分以外を愛する事も覚えて欲しいのじゃよ」
「なるほど……素晴らしいお考えだと思います」

数回拍手をした後、ルカはようやく営業スマイルを取り戻した。

「もう貴族貴族と固まっとる時代は古い。種族関係なく人々が協力する事を……っと、話がずれてしまっとったの。これが肝心の任務じゃ」

デスクにほかりっぱなしだった黒いファイルがルカの手に渡った。ファイルは丁寧に磨き上げられた薄い木のカバーで、金字で重要と細く大きく書かれている。中を開いてみると、ルカはみるみる海色の目を見開かせた。

「……グランティーノ・サファー・ダイヤモンド……!?セシルナミス・マリンナ・ラピスラズリ、メルディアンヌ・ルビィ・ローズクォーツ……アンペア・サンラミー・トルマリン……まさか、これは……」
「この学園におる貴族の中でも最大の権力を持つと言われておる四大貴族と、それ相応の実力がある上流貴族の情報リストじゃ」

あまりにも学園長があっけらかんと言うので、二人はつんのめりそうになった。

「二人への任務は、そのファイルをしばらくの間保管しておいて欲しいのじゃよ。ルームハリーヌに金庫の作り方を書いた紙が机の中に入っとるからの」
「し、しかし……何故です?ここでは何か支障でも?」

ルカが早足に尋ねると、学園長はばつの悪そうな顔をして髭を触った。それから部屋をキョロキョロと見回して、体を前のめりにさせると、小さく小さく囁いた。

「……何者かに侵入されたんじゃよ、学園長室が」



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