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西側校舎一階、東廊下の突き当たり。一際威圧感を放つ観音扉がそこにあった。学園長室……二人にはおどろおどろしい地獄の門にも見えた。開けたら地獄の案内人の無邪気な笑い声と共に、竜族が吐く炎より熱い地獄の業火に延々と焼かれるのでは、と膨らました冗談みたいなイメージを、クレイは直ぐ様頭から消した。
一瞬、横に並んだお互いの目と目がかち合う。言葉を出すのは野暮だった。クレイが金のドアノブを握る。唾を飲み込んで呼吸を落ち着かせると、扉を押し開けた。

「よく来てくれたのぅ」

クレイのイメージは大外れだった。……いや、それで良かった。
きらびやかな銀色のローブを着た、顎に真っ白い髭をたくわえた穏やかそうな老人が、まだ新しいデスクに肘を付いて座っていた。頭の髪は……残念ながらお亡くなりになっている。目元には数えきれない程の皺があり、まん丸の眼鏡を掛けていた。後ろの壁には、歴代校長の写真でも飾る予定なのか、何も入っていない額縁が三つ掛けられている。

「失礼します」
「失礼します」

部屋に入った二人の顔は、今やアルティマニー学園の生徒ではない。ギルド「母の愛」所属、二人だけのギルドメンバー……【真紅の皇帝】と【守護の雷神】だった。拗ねたように怒るクレイも、それを笑うルカも、今はどこにもいない。
二人は部屋の床に敷かれた高価そうな絨毯の上を歩き、にこにこと笑う学園長の前に立つ。

「お初にお目にかかります。私は【守護の雷神】……こちらは【真紅の皇帝】です。この度は私共への依頼、ありがとうございます」

にっこり。ルカは不自然な程に目を細め、いつもの軽い口調は消え、猫撫で声で話し出す。
営業モードにすりかわった瞬間だった。

「とんでもない!総合ギルド魔法協会SSランク……それも二人も来てくれるとは……こちらが驚いたぞ」
「私共は常に二人で活動しておりますから……。では、ご用件をお願い致します」
「おお、それもそうじゃな。おーいターくん!例の物を頼む!」

人の良い笑みを浮かべながら、学園長は唐突に顔を二人から背けて何かを呼んだ。そのネーミングと唐突さに、流石の二人も鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしている。

それは、いきなりだった。学園長室の日が当たらない隅に、真っ白い金属製の箱が異彩を放ちながら置かれてあった。普通の箱ではなく、持ち手のところに複雑そうなダイヤルが付いている。すると、そのダイヤルが音沙汰もなく、勝手に高速でガチャガチャと回り出したのだ!これには一時ルカの営業モードも中断せざるを得ない。
やがてダイヤルの動きが止まると、ゆっくり、ゆっくりと分厚い扉が開く。
こぶのような頭が、その隙間から覗いた。太い四本足。背中には年功を感じる甲羅。

「――紹介しよう」

それは、口に学園長の言う例の物であろう、黒いファイルをくわえていた。そして……ふわりと、浮いた。妖精のようにふわりふわりと漂って、学園長の肩に静かに着地する。

「おーっよしよし、よく出来たのう」
「……学園長、……それは……私が見たことのある文献によれば、ですが……亀……では?」
「そうじゃ。名をターくんとつけておる」

学園長はその亀からファイルを受け取り、頭を人差し指で撫でてやると、何本か抜け跡のある歯を見せて自慢気ににぃっと笑う。
亀は、手のひらに収まる程のサイズだった。くあ、と呑気に欠伸をすると、学園長の肩を降りて、ふわふわとデスクの上へ着地する。そして、ゆっくりと頭と足を引っ込めた。

「おっと、一仕事を終えて疲れてしまったようじゃ。ターくん、お疲れ様」

学園長の人差し指が、亀……ターくんの甲羅に触れる。すると、楕円の甲羅が、鮮やかな水色の光に包まれていく。それと同時に、ターくんの下に同じ色の小さな魔方陣が展開された。
光は粒子へと変わると、魔方陣へ残らず吸い込まれていく。その魔方陣もすっと消えると、そこにはターくんの影も形もなくなっていた。



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