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「……あれ?……おーい!ごめん……ごめんなさーい!……誰もいないのかー?」

彼は誰に謝っているのだ。

活発そうな少年の声だった。しかしいかんせん、先程のインパクトが色んな意味で強すぎた。クレイは酷い耳鳴りに耐えつつも、何とかして振り返る。ルカは机に突っ伏して、ぴくぴく痙攣したまま動かない。

「あっ!おーっす!」
「……お…………お、っす?」

ひょっこりと、まだあどけなさの残る顔がキッチンから覗いた。曇天の灰色をしたどんぐり目はくりくりぱっちり開かせており、クレイに無垢な印象を与えた。夕焼けのようなオレンジ色をした髪の天辺にはアホ毛がひょこっと主張しており、短髪は耳の辺りが跳ねている。
少年は意気揚々と挨拶してくれたが、聞き覚えのないそれに、クレイはひたすら困惑した。対応の仕方が分からない。

「うわあっ、すげえ!ここにもハリーヌがいる!」

テーブルクロスを手に取った少年は、幼児のようにはしゃぎながら、くしゃっと笑う。それから部屋を小走りで見回っては、あちこちですげえすげえと声を上げる。

「ク……クレイさん……なに、あれ……」
「分からない……」

虫の息になっているルカの問いに、クレイは今の率直な思いを述べた。


ひとしきり大騒ぎした少年は、満足げにリビングへと帰還した。
因みに――少年とは言ったものの、彼は身長で言えばルカより若干低い程。体つきも特別未発達な訳でもない。その挙動のひとつひとつが、彼を見る人に少年という位置付けをさせるのだ。
そんな少年は、部屋に漂う重い雰囲気に構わず、首を傾げてあっけらかんと口を開いた。

「なあ……どうしたんだ二人とも?具合悪いのか?」
(あんたのせいだよ!!!)

ルカは心底そう言いたくて仕方がなかった。しかし疲労と頭痛に支配された体からは、言葉なんて高度なものではなく、大きな溜め息しか口から出て来ない。

「いや、大丈夫だ。……お前もこの部屋なのか?」

そんな中、顔色が悪いにも関わらず少年に問ったクレイに、ルカは拍手をしたくなった。部屋に入ってから初めて人の言葉が聞けて、少年はぱっと表情を明るくする。

「うん、そうだ!俺ナッツ!ナッツ・カリバー!よろしくな!」

自分には到底真似出来ない笑顔だと、クレイは思った。さっきまで貴族について話していた空気が、嘘のように晴れ渡っていく。
まるで太陽のようだ。

「ああ……よろしく」
「俺、ルカ・ヘルメス。こっちクレイ・ヴィオラねー」

クレイはほんの少し羨ましく感じながら無表情で頷き、ルカはなんとか笑顔を復活させて、顔を上げてクレイを指差した。



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テーマ「人外ファンタジー」
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