2
すると、クレイは無言のまま踵を返し、至って普段通りの足取りで階段へと歩き出した。ギッ、と床がきしむ音に、ルカとギルドマスターは一斉に顔を上げて、驚愕に染まった顔をクレイへと向けた。
「ク、クレイ……どこに行くの?」
「任務は引き受けました。明日の準備をしてきます」
ギルドマスターへの答えでクレイの考えを悟ったルカは、にっと口元をつり上げると、リズム良く跳ねるように歩いてクレイの隣へと移動する。
「こればっかは任務バカに感謝だねークレイ」
「誰が任務バカだ」
「あーあー明日から長期かぁー!めんどくさいなーほんと」
「ちょっ、ちょっと待って!!」
穏やかなギルドマスターらしからぬ大声に、クレイもルカも和気藹々(?)と階段を上っていく足が止まった。振り向いてみれば、困惑に満ちた表情で二人を見つめるギルドマスター。言いたいことがお見通しな上司に、二人は顔を見合わせて、思わず笑いが溢れた(クレイはとても微妙な変化だったが)。
「どーせお優しいギルドマスター様の事なんだから、あれでしょ?ワタシのタメに貴族イッパーイの学園なんかにイカナイデー!!……って言いたいんでしょ?」
裏声で腰をくねくねさせながら決死の物真似を挟んだルカは、隣から強烈な哀れみの視線を浴びた。
「……ルカ、気持ち悪い」
「いいのノリなんだから!……ま、俺達の家をあんなくそジジイに潰されてたまるかって意地ですよ。男の意地。ポカポカギルドマスターさんは安心してここで待っててちょーだいね?」
ウインクをして話を締めると、軽やかな動きで階段を上って行く。呆気に取られているギルドマスターへ、立て続けにクレイが口を開いた。
「ギルドマスター。……いや……母さん。俺は、この任務は良いチャンスだと思う。三日前分かったんだ、貴族を避けていては駄目だと……」
目を瞑り、背を向けた。心を侵食するもやもやとした黒い渦を、クレイは必死に胸を押さえて制御する。無表情を装ってはいるが、こめかみを伝う玉のような汗が辛さを物語っている。
「強くなりたい。……力は誰にも負けない自信がある。だが、それだと駄目だ。……母さん……俺はあなたのような、ルカのような……誰かを救える人間になりたい……」
切実な呟きとどこか寂しい背中を見送ることしか、今のギルドマスターには出来なかった。
2