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クレイはカウンターの奥にいる女性を見るなり、直ぐ様顔を無表情へと戻して無言で歩み寄る。少年はギルドが物珍しいのか、隅から隅まで忙しなく目を向けていた。
奥にあるカウンターの手前にはテーブルが三つ、更に任務書が張り付けられた掲示板が目立つところに置かれている。二階へと続く階段は今にも抜け落ちてしまいそうだ。修理したのか、真新しい木のつぎはぎがちらほらと見受けられた。
「ただいま戻りました、ギルドマスター」
「お疲れ様、クレイ。一回自分の部屋で休んでらっしゃい」
「はい」
小さく頷いて、クレイは少年の背中をぽんぽんと優しく叩く。少年は、クレイがいなくなる不安でいっぱいいっぱいなのを見透かされたように思えて、どきりと心臓が跳ねた。彼の顔には相変わらず笑顔はなかったが、少年は少なくともこの一、二時間で、クレイという人物の片鱗を見れたような気がした。
少年は、おそるおそるカウンターに座って女性と目を合わせる。すると、にっこりと人の良い笑みが返ってきて、ほっとして思わず気が抜けた。
ナチュラルメイクと自然な茶髪を横に流して結ぶ姿が美しい女性こそ、ギルド「母の愛」を経営するギルドマスターだった。
早々に二階へ上がったクレイは、すぐ側にあった扉を躊躇なく開ける。
陽が射さないじめじめとした部屋は、湿気がコートを越えて体をまるまると包み、気持ち悪い。僅かながら顔をしかめると、後ろ手にドアノブを引いた。
「……フー……」
扉を閉めた瞬間、体が鉛のようにどっと重くなったので、クレイは自分で自分に驚いた。そのまま定まらない足取りで黒塗りの小さなソファに向かうと、体を投げ出すようにして座る。変に額にかいていた脂汗を手の甲で拭うと、ノロノロとコートを脱いで、ソファの背もたれに掛かるように投げた。下に着ていた、汗まみれになった黒いVネックのシャツが露になる。
そして刀の鞘を握ると、パッと白い光に包まれて、みるみる小さくなっていく。やがては一粒の紅い宝石に糸が通ったブレスレットとなり、クレイは慣れた手つきで手首に通した。
小さなソファと中央に置かれたちゃぶ台式テーブル、加えてベットにこじんまりした本棚。シンプルな部屋の天井を、クレイは物思いにふけりながら見上げた。目を閉じれば、思い出すのは上質な衣服を身に纏う、まだ幼いのにしっかりしていた少年。その子供に与えられた貴族という称号が、クレイの頭の中を延々と廻っていた。
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