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そこで初めて、青年の表情が変化した。わずかに眉を潜めると、少年を視界から外して立ち上がる。それから呆れ返った様子で溜め息をついて、じろりと横目で訝しげに睨んだ。
「ルカ……分かって知らないふりをしていたな」
「ありゃ、バレた?」
「当たり前だ。人一倍地獄耳のお前が聞こえない訳がない」
頭上で繰り広げられるやりとりに首を傾げつつ、少年はクレイに体を寄せて、誤魔化すように笑うルカを見上げた。
黒いコートに似つかわしくないツンツンに立ったハデな金髪には、二本ほど赤いピンが留められている。クレイとはまた毛色が違い、海色の目はやや大きめで睫毛が長い。顔立ちもクレイに比べれば丸くて、中性寄りの甘いマスク。町を歩けば女性が振り返ること間違いなしだろう。
「だってー貴族で森だよ?クレイ。ちょっとは痛い目合わしとくべきって思わない?ちっちゃいうちにさ」
「……それはもういいだろう。何も関係ない」
「あるある大あり!……ねー貴族のぼっちゃん」
少年の目と鼻の先に、ぐんとルカの顔が近づいた。少年の頭に再び手が乗せられる。クレイの時は安心感で心がいっぱいになったはずが、何故か恐怖すら感じられた。
「貴族だからって調子乗らないでよ?」
にい、といびつにルカの口が歪んだ。目は薄く開かれているが、そこには氷よりも冷たい何かがはっきりと見える。今にも黒くどろどろしたものが目からこぼれ落ちそうで、少年は息をするのも忘れて、ただ目のくぼみに涙を溜めた。ウルフの時とは違う震えが、少年の全身を包む。
「ルカ、やめろ。怖がらせるな」
「…………ちぇ、しょーがないなあ」
先程より声色を強めると、ルカは渋々立ち上がって手を離す。そしてステップを踏むように少年に背を向けると、飄々とした足取りで歩き出した。
少年が瞬きをすると、大きな雫が驚くほどあっけなくこぼれ落ちた。
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