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陸弥は史雄の隣に座ると、晴れ渡る青空を見上げた。青と白の絵具を目一杯使って塗り潰したような快晴。雲の流れもゆっくりだ。目を閉じて、吹き抜ける風と同化する。爽やかな風は、肌寒さも生暖かさも感じさせない。屋上にあるもの全てと、そこに絶え間なく流れる穏やかな時。心のもやもやしたところを、すーっとミント味のガムのようにすっきりさせてくれた。

「おまえさあ」

史雄に藪から棒に声を掛けられ、陸弥の切れ長な目が開かれる。それを史雄へ向けると、コンビニで買ったらしきジャムパンに食らいついていた。脇には紙パックの甘そうなバナナオレ。寮で食事を取らない彼の朝食だ。

「成績やべぇんじゃなかったのか?」
「……教室にはあまり、行きたくない。俺がいない方が、みんなのびのびといられるんだ」
「一年の事情なんか知らねぇけど、そんな怖がられるもんか?」

史雄の素朴な問いに陸弥の表情が曇り、無言で押し黙る。それを肯定に取った史雄は、鈍感な陸弥にも分かる様にわざとらしく息を吐いた。何故だか史雄には、その教室の様子がありありと想像できた。別段彼の想像力が逞しい訳でもない。不良の目から見ても、陸弥の容姿はそれほどまでに異端だったのだ。

「その赤髪と目付きの悪さじゃあな」
「目付きは仕方がないだろう。……髪は、何故か分からないが……黒く出来ないんだ」
「はあ?」

黒く出来ない。史雄の中で、何回かその言葉が咀嚼された。だがその意味を理解する事は出来ずに、思わず片眉を引き上げて聞き返す。陸弥の顔は真剣だ。

「小さい頃から、何回か黒にしようとはしたんだ。スプレーとか、なんか……色々あるだろう?けれど……駄目なんだ。五分も経たないうちに髪が赤く染まっていって……元に戻ってしまう」
「おま、なんだそれホラーかよ。こえー」

口ではそう言いながらも、史雄は目元を細めて可笑しそうに笑っていた。それを見た陸弥の顔が、みるみると不快感を表していく。

「本当の事だ」
「分かってるって。だから面白いんだろ」

くつくつと喉を鳴らす史雄は、端から見れば冗談混じりにしか思っていない様である。しかし冗談に受け取っていたのなら、史雄はここまで笑わない。元々笑顔をよく見せる性分でもない。陸弥はそれを知っていたし、史雄もそれを分かって笑っていた。

「でも、流石に二時間目からは行っとけよ。俺も行くし」

陸弥の肩がぎくりと強張る。それと同時に、脳裏にクラスメイトからの視線が蘇った。それはサーカスの出し物を見るにはあまりにも冷たすぎるし、不気味な悪魔を見るには好奇心溢れていた。
己には受け入れられない異端の二文字が、いびつに肥大して陸弥の胸に突き付けられる。彼には到底飲み込めないほど、それは成長していたのである。

「……どうすれば……」

漏らした本音は、風の音が拐っていけるくらい弱々しかった。だだっ広い地球に落とされた雫は、側にいる不良以外、誰も気付かなかった。史雄には、膝を抱えて顔を埋める陸弥がひどく幼く見えた。くしゃくしゃに握られたジャムパンのビニールが、陸弥の心と重なった気がした。

   

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