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赤鬼。それが、かの少年、更地陸弥(ざらちりくや)の異名である。
誰が、いつ、どこで言い出したのか……それは定かではないが、その異名は彼を表すのに一番近いとされていた。
ショートカットに切られた髪は、何故か生まれつき、赤い絵の具に黒い絵の具を三滴垂らしたような濁った赤。親の遺伝子にも含まれないその色は、産まれた時から周りの反感を買っていた。その切れ長で目付きの悪い目も合い極まって、彼は人々から恐れられた。

中一離れした外見。そして人間離れした身体能力。体力テストではぶっちぎりで学年一位が当たり前の持久力を持つ彼は、体力の底を知らない。 長身故にパワーもある。家が剣道場であることと身体能力を生かして入った剣道部で素振りをする姿は、正に文字通り鬼に金棒。

赤鬼。……そう彼を呼ぶ人間が、今の彼を見たらどう思うだろうか。

「陸弥、ぼーっとしてないで早く食べてよあと五分でホームルーム」

いらついたように頬杖をついて、薄い唇から淡々と発されたソプラノボイスに「赤鬼」の目が丸く見開かれた。

「な…っ!?……っ……っ!?」
「わ゛ぁーーーっ!!?陸弥大丈夫!?大丈夫!?ぎ、牛乳飲んで牛乳!」
「嘘。ほんとはあと五十分」
「水姫ーーーーーっ!!!!」

こんがり焼けたトーストを喉を詰まらせ机にうずくまる「赤鬼」に、隣の席に座る少年がグラスに入った牛乳を差し出した。同時にクスクスと悪戯っぽい笑みを先程の少女が浮かべると、自分の子供を叱るように少年が怒り始める。そんな彼の名前は天宮空良(あまみやそら)。名の通り鮮やかな空色のやや長い短髪、年相応の少女のような顔はコロコロと表情を変える。
悪戯を仕掛けた少女は海野水姫(うみのみずき)。中一とは思えないような大人びた雰囲気の彼女は、深海を思わすような色の髪をポニーテールにまとめている。若干吊っている瞳、すっと通った鼻筋、薄い唇。彼女の顔のパーツになってしまえば、どれも妖艶に見えるのが不思議だ。

「……水姫、なんで陸弥顔が真っ赤なの?」
「あんたもぼーっとし過ぎお馬鹿」

寝惚けていても黒々としている大きな小鹿のような瞳が、水姫を見上げた。こしこしと眠そうに目を擦っているのは日向陽菜(ひゅうがひな)。「赤鬼」のただ一人の幼馴染みである。肩までさらりと流れる髪は、後程ツインテールに結ばれる。その体の小ささは寮一で、着ている紺のブレザーも、手のひらの半分程まで袖口が侵食していた。
三人とも、数少ない「赤鬼」の同学年の友達である。「赤鬼」が赤なら他の三人の頭の色も実にカラフル。学年ごとに六つに分かれた寮の食事用テーブルの中でも、ここは一段と目立っていた。
長い目で見れば和気藹々とした中一組のテーブルを、最早慣れた寮生達のほとんどが暖かい眼差しを向けている。ただし、ただひとつを除いて。

そのひとつ、無人のテーブルはダイニングの隅に静かに佇んでいる。もう一週間は使われていないそれは、うっすら埃を被っていた。詰まったトーストを無理矢理牛乳で流し込んだ「赤鬼」は、ふとそれを見つめる。その異名には程遠い、母親に見捨てられた幼子のような視線だった。

「…………」
「陸弥?どうかした?」
「いや……何でもない」

空良に顔を覗き込まれ、首を横に振ると「赤鬼」は食事を再開する。
しかしその背中に宿る寂しさは、いつまでも消えなかった。

 

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