まってろって言ったじゃない。しんじろって言ったじゃない。
なのになんでかえってこないの。



「ねぇ、コスモス」

白くて綺麗な女神様は、閉じていた目をゆっくりと開き私を見た。その仕種ひとつをとっても神々しくて、話し掛けた事を少しだけ後悔した。いつもそう。コスモスの前に行くと、自分が小さくて邪悪な、彼女の戦士に相応しくないもののように思われて気後れしてしまう。
そんな私を見透かしたように微笑んだコスモスが、口を開いた。彼女は声さえも神秘に満ちている。

「どうしたのですか、ティナ」

思わず聞き惚れてしまった。僅かに首を傾げたコスモスを見て、ようやく正気に返った私は当初の目的であった質問を口にする。
これを聞くために、心配する小さな騎士を振り切って一人で来たのだ。

「あの、誰かがここに来なかった?」
「誰か、とは?」
「私を待ってる人…ううん、誰かが私に待ってろって言ったの」
「………」

コスモスは何も言わない。薄い色の瞳は静かに私を映す。何故だか私はその沈黙をやけに怖く感じて、言い訳をするように早口でまくし立てた。

「私の手を引いてくれて、怖い所から逃げたの。それで安全な所で待ってろって。だから私、私、」
「いいえ、ティナ」
「え?」
「ここには誰も来ませんでした」
「…そう…。」
「ええ。さぁ、もうお行きなさい。貴女の騎士が心配していますよ」

優しいコスモスの笑みに、私は頷く事しか出来なかった。

オニオンナイトの待つ場所へ歩きながら、考える。
確かに言ったのだ。誰かが私に、いつかどこかで。どんなに考えても思い出せないけれど。

「ティナッ!!」

ぼんやりと俯いて歩いていたのが悪いのか、突然響いたオニオンナイトの切羽詰まった声に顔を上げた時には、既に刃が目前まで迫っていた。

「…っ!」

咄嗟に身を躱すことで直撃は避けれたけれど、僅かにマントの裾が裂けた。直ぐに敵は武器を持ち替えて襲ってくる。多様な武器を使うイミテーション、フリオニールのものかと思ったけれど、そうじゃない。見たことが無い人物を模している。
何故か胸がざわつく。見たこと無いのに、見たこと有る気がする。会ったこと有る気がする。私が待っていたのは、もしかして…。

「ティナ、下がって!!」

考えるより早く、声に反応して体が動いた。後ろに飛び退いた私と入れ替わるように飛び込んだオニオンナイトが、イミテーションに一撃を与える。致命傷には浅過ぎる。
そうだ、考え事なんかしてる場合じゃない。ここは戦場で、今目の前にいるのは敵だ。
咄嗟に放った魔法が、イミテーションを捕らえた。そこにオニオンナイトがもう一撃を加え、見知らぬイミテーションはひび割れた悲鳴を残し砕け散った。あたりには静寂が戻る。
周りに敵の気配が無いのを確認してから、オニオンナイトがゆっくりと歩み寄ってきた。その目は心配そうな色だけを湛えている。

「ティナ、大丈夫?」
「あ、うん…大丈夫」
「どうしたの?顔色悪いけど」
「ううん…大丈夫よ、大丈夫」

イミテーションが砕ける一瞬、確かに私は誰かの名前を呼ぼうとした。何と呼ぼうとしたのかはもう分からない。その事が酷く悲しかった。

「…今のイミテーション、知らない奴だったね」
「え?」

隣に立つオニオンナイトを見下ろす。オニオンナイトの目は、イミテーションが消えた場所をじっと見据えていた。私も同じ場所を見詰める。

「他のイミテーションは全部、仲間の姿なのに。…あいつ、誰なんだろ」
「どこかで、会った気がする。」
「ティナ」
「でも、思い出せなくて」

オニオンナイトの小さな手が、そっと私の手を握った。私の手でも包めてしまう程に小さい。なのに剣ダコが出来た手の平は固く、力強い。子供らしくない手だ。
まだ大事に大事に守られ慈しまれていて然るべき年齢だというのに、誰もこの子を守ってはくれないのだろうか。その子供に守られている自分が言えた事ではないが、それでも願ってしまう。
もし彼がここにいたら。誰かも分からない、思い出せない彼がここにいたならば。この小さな騎士を守ってくれたに違いないのに。

オニオンナイトの手をぎゅっと握り、下を向く。涙は出ない。

「ティナ?」

心配そうに覗き込むオニオンナイトには応えてやれなかった。



ねぇ、待ってろって言ったじゃない。
信じろって言ったじゃない、ねぇ。

なのになんで帰ってこないの。

「うそつき」

呟いた言葉は、風にも届かずすぐに消えた。





2011/05/06 20:37
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