ただの悪戯のつもりだった。いつもあんなに迷惑掛けられてるんだから、それくらいしても僕は許されると思った。少しだけ、困らせてやりたかった。
だから、泣いてみたのだ。僕の兄になってやるなんて馬鹿な事を言うヴァンの前で。

「あれ、オニオン?どうしたんだこんな所で」

新しく手に入れた銃の性能を確かめているヴァンに近寄れば、話し掛ける前にヴァンは僕に気付いた。試し撃ちをするヴァンの周りに人はいない。
ヴァンは構えていた銃をすぐに仕舞う。危険だからって絶対に僕に銃を触らせない。僕はこれもちょっと気に入らない。子供じゃないんだから、武器で遊んだりしないのに。

「オニオン?どうした?」

俯いて、無言で佇んでやる。チラリと見たヴァンはあのいつものぼんやりとした無表情で僕を見ていたから、慌てて地面を睨みつけた。
拳を握り締めて、顔に力を入れて、そうしていたら異変を感じたのかヴァンが近付いてきた。

「おい、オニオン、」
「ヴァン…」

あと三歩、という所で、何とか涙を押し出す事が出来た。ポロポロ落ちる涙に、ヴァンは動きを止めて僕を見る。
やった、と思った。後は涙を拭って驚いているだろうヴァンをからかってやればいい。

涙を拭おうと上げた腕は、誰かに捕まれて不意に止まった。驚いて上げた顔の目の前に、ヴァンが居る。
ヴァンは僕の腕を掴んだまま、片膝を付いた。視線の高さが合う。

「…ヴァン?」

ヴァンは喋らない。じっと僕の瞳を覗き込むその表情からは、何を考えているかは読めない。
ポトリ、と僕の頬を伝った涙の粒が地面に落ちた。同時に、ヴァンの瞳が僅かに揺らぐ。その動きを確かめる前に、僕の体はぐいっと引っ張られて何か温かいものに包まれた。

「ぅわっ、なに、」
「泣くな。オニオン、泣くなよ」

耳元で聞き慣れた声がして、ようやく僕は自分を包むのがヴァンの腕だと気付いた。僕のより長くて大きな手が、僕の背中に回っている。隙間が無いくらいに抱き寄せられて、少し痛い。
その状態のまま、ヴァンが立ち上がる。持ち上げられた体がヴァンの左腕に乗る。右手がポンポンと僕の背中を叩くものだから、思わず両腕をヴァンの首に回してしまった。

「いい子だ、オニオン」

ヴァンの声ってこんなに低かったっけ。
何故だろうか、無理矢理捻り出した筈の涙が後から後からこぼれ落ちて止まらない。

「どうした?何で泣いてるんだ」
「ヴァン…」
「ん?」

僕の顔を覗き込むために、ヴァンが僅かに体を離す。それによって開いた隙間が、ひどく気に障った。くすんだブルーの瞳は静かで、相変わらず何を考えているのかは分からない。
黙ったままの僕に、ヴァンはそっと顔を寄せる。まるで小さな子供にするみたいに、ちゅっと音を立てて目尻にキスをされた。額と頬にキスを降らせて、最後に鼻に。
もう一度顔を離したヴァンは、今度は少しだけ笑った。

「怖い事があったのか?悲しい事?」
「ううん、違う」
「そうか。何があったんだ?」

しまった。
ヴァンの言葉に首を振ってしまってから後悔した。だって、泣いた理由なんて無いのだ。ただ少し、困らせてからかってやりたかったなんて言えない。
この時僕はひどく怯えていた。本当の事を言ったらヴァンは僕を嫌うかもしれない。この腕は、瞳は、二度と僕に向けられないかもしれない。後から思うとすごく滑稽な事だけど、この時の僕は心からヴァンに見放される事に恐怖していた。

「なん、にも…なかった」

嘘をつくのさえ怖くて恐る恐る言った僕に、ヴァンはキョトンとした顔をして、直ぐにさっきよりも深い笑みを浮かべた。

「そうか。何にも無かったか」

また二人の間の隙間が埋まる。右手が再び僕の背中を優しく叩くから、僕はほっとしてヴァンの肩に顔を埋めた。怒ってない。嫌われてない。

「泣くなオニオン、大丈夫だ。悲しいのも、怖いのも、全部兄ちゃんがどっかにやってやるから」

涙はもう止まってたけど、ヴァンの肩に頬を擦り付ける。ヴァンからは暖かい匂いがする。太陽のような、優しい匂い。
大きく息を吸い込んで、もう一度ヴァンの首に回した腕に力を込めた。

こんな筈じゃなかった。僕は驚いて慌てるヴァンを鼻で笑って、馬鹿にするつもりだった。「偉そうな事言って、ヴァンの方が子供じゃん。」って。いつものお返しに、ヴァンをちょっと困らせやろうと思ったのに。こんな筈じゃなかったのに。
本当に、ヴァンの傍にいたら怖いものは何にも来ないのかな。少しだけ考えて、すぐに打ち消した。そんなわけ無い。

でも、もしかして、もしかしたら。



*****



夜、寝る仕度をしながらスコールと話す僕の所にヴァンがやって来た。ぼんやりとした無表情は変わらない。

「オニオン、ここにいたのか」
「僕になんか用?」
「ああ」

言いながら隣に座って、畳んでいる途中だった服を僕の手から取ると、慣れた仕種で畳み始める。視線は手元に固定したまま、ヴァンが用件を切り出した。

「一緒に寝るぞ。子守唄歌ってやる」

しんと静まり返った空間に、スコールの溜め息がやけに大きく響いた。

「悪いけどさ、僕子供じゃないから。子守唄が必要なのは僕よりヴァンの方なんじゃないの?」

馬鹿にするように鼻で笑ってやる。スコールもどこか非難するようにヴァンを眺めている。
ヴァンはきょとんと目を見開き僕の方を向いて、何かを考えているようだった。

「…おい、オニオンナイトだって戦士なんだ。あまり子供扱いは…」
「そうだな」

スコールの話を遮るように、ヴァンが言う。せっかくスコールが僕の味方してくれたのに。
いつの間にか、手元にあった服は全てヴァンによって畳まれてしまっていた。ヴァンはそれを重ねると、立ち上がって収納ケースに近付いた。

「俺は子守唄がないと寝れないから、オニオン一緒に寝てくれないか?」

なにそれ。そんな手には乗らないよ。なんで僕がヴァンなんかと寝なきゃならないの?
そう思ってるのに。勝手に開いた口は勝手に言葉を零す。

「…じゃあ、仕方ないね。しょうがないから僕が一緒に寝てあげるよ」
「ああ。ありがとうな」

僕の言葉に絶句するスコールを余所に、ヴァンは畳んで重ねた服を仕舞いながら優しく感謝の言葉を言った。こちらに背中を向けるヴァンの表情は分からないけど、きっと昼間見たのと同じ笑みが浮かんでいるんだろう。
それを想像して、僕は少しだけ悔しい気持ちになった。





2011/05/01 19:53
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